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tomokosan.s
2022年5月17日 09:14
雨の日が好き。湿った空気が澱み始めると、彼に逢えるチャンスだ。Tシャツにジーンズ、足元にはhavaianasのサンダル。雨が降っていてもいつも同じ格好。足元が濡れていても気にする様子はない。少しクセのある、柔らかそうな髪の毛をフワフワと遊ばせて。広い背中には大きめのリュック。斜め向こうから、顔を盗み見るとくっきりとした二重瞼が長めの前髪から覗いた。澄んだ真っ黒な瞳に、長い睫毛
その日は、珍しく残業になった。取引先の急な変更依頼に、怒りを通り越して笑いがでる。「いいよ。どうせ家に帰ってもやる事ないから。」後輩の女の子達をそう言って帰す。イイなあ…綺麗に髪を整え直して、新しいワンピースに着替える姿。彼氏に逢いに行くのかな。私は?今の私は?もう嫉妬する事すら忘れてしまった。なかなか終わらない仕事。華やぐ周りに何だかバカバカしくなった。やめた!ちょっと息
2022年5月17日 09:15
ピアノを弾き終わった彼に私は驚かさないようにゆっくりと近づいた。さっきまでの私の状態は、絶対にバレないように。呼吸を整える。まさか、あなたの歌声でエクスタシーを感じたなんて、もう!絶対に全世界中にバレてはいけない。「あの…すみません…」 その声に驚いたのか「あ!ごめんなさい。もう時間過ぎてますね。」と振り返る。どうやら注意をしに来た職員に間違われているようだ。「いえ。違
家に傘を持って帰り、丁寧に雫を拭き取る。軽く風に当てて乾かしたら折り目を綺麗に畳んだ。持ち手は桜の木で出来ている。美しい傘だ。名前聞きそびれちゃったな…傘どうやって返そう。LINEも電話番号も知らない。情報過多の世の中で、こんなにも知らない人に強く心惹かれている。はあ。雨降らないかな…暫くは快晴が続くとニュースから聞こえてくると、益々残念で仕方ない。どうやったら逢えるんだろう…、ま
2022年5月17日 09:16
邪魔しないように、ピアノを弾き終わるまで待つ。知らない曲。クラッシックかな…。そっと声を掛ける。「あの…お久しぶりです。」 「あ!あの時の…こんばんは」振り向いて、にっこりと微笑む。髪は短く切り揃えられて髭も綺麗に剃っていた。「傘を忘れていったから。はい。じゃあ…」今、ここで引き返さないとハマる。ダメだ。「そんな!せっかくだし、ちょっと話せませんか?そうだ!ピアノ弾いて
彼は何も言わない。暫く見つめ合う。髪を触っていた手が、肩から腰へ移ると、いよいよ私は覚悟を決めた。言い訳1ダース考えてたけど。もうそんな物は要らない。この後の展開に、微かな期待をしている自分に驚いている。私も強く手を握り返す。そっと体が離れた。‥…?「良かった!最後に一緒にピアノ弾けましたね!実はちょっと忙しくなるから、もうここには来れないと思います。とても楽しかった。