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雨の日にしか現れないピアニストのおはなし
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雨  Ⅰ

雨 Ⅰ

雨の日が好き。
湿った空気が澱み始めると、彼に逢えるチャンスだ。

Tシャツにジーンズ、足元にはhavaianasのサンダル。
雨が降っていてもいつも同じ格好。
足元が濡れていても気にする様子はない。

少しクセのある、柔らかそうな髪の毛をフワフワと遊ばせて。広い背中には大きめのリュック。

斜め向こうから、顔を盗み見るとくっきりとした
二重瞼が長めの前髪から覗いた。
澄んだ真っ黒な瞳に、長い睫毛

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雨 Ⅱ

雨 Ⅱ

その日は、珍しく残業になった。
取引先の急な変更依頼に、怒りを通り越して笑いがでる。

「いいよ。どうせ家に帰ってもやる事ないから。」
後輩の女の子達をそう言って帰す。

イイなあ…綺麗に髪を整え直して、新しいワンピースに着替える姿。彼氏に逢いに行くのかな。

私は?今の私は?もう嫉妬する事すら忘れてしまった。

なかなか終わらない仕事。華やぐ周りに何だかバカバカしくなった。

やめた!ちょっと息

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雨 Ⅲ

雨 Ⅲ

ピアノを弾き終わった彼に
私は驚かさないようにゆっくりと近づいた。
さっきまでの私の状態は、絶対にバレないように。
呼吸を整える。

まさか、あなたの歌声でエクスタシーを感じたなんて、もう!絶対に全世界中にバレてはいけない。

「あの…すみません…」

その声に驚いたのか
「あ!ごめんなさい。もう時間過ぎてますね。」と振り返る。

どうやら注意をしに来た職員に間違われているようだ。

「いえ。違

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雨 Ⅳ

雨 Ⅳ

家に傘を持って帰り、丁寧に雫を拭き取る。軽く風に当てて乾かしたら折り目を綺麗に畳んだ。
持ち手は桜の木で出来ている。美しい傘だ。

名前聞きそびれちゃったな…傘どうやって返そう。
LINEも電話番号も知らない。
情報過多の世の中で、こんなにも知らない人に強く心惹かれている。

はあ。雨降らないかな…暫くは快晴が続くとニュースから聞こえてくると、益々残念で仕方ない。
どうやったら逢えるんだろう…、ま

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雨 Ⅴ

雨 Ⅴ

邪魔しないように、ピアノを弾き終わるまで待つ。
知らない曲。クラッシックかな…。

そっと声を掛ける。
「あの…お久しぶりです。」

「あ!あの時の…こんばんは」
振り向いて、にっこりと微笑む。
髪は短く切り揃えられて髭も綺麗に剃っていた。

「傘を忘れていったから。はい。じゃあ…」
今、ここで引き返さないとハマる。ダメだ。

「そんな!せっかくだし、ちょっと話せませんか?
そうだ!ピアノ弾いて

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雨 Ⅶ

雨 Ⅶ

彼は何も言わない。
暫く見つめ合う。

髪を触っていた手が、肩から腰へ移ると、いよいよ私は覚悟を決めた。

言い訳1ダース考えてたけど。もうそんな物は要らない。
この後の展開に、微かな期待をしている自分に驚いている。

私も強く手を握り返す。

そっと体が離れた。
‥…?

「良かった!最後に一緒にピアノ弾けましたね!
実はちょっと忙しくなるから、もうここには来れないと思います。とても楽しかった。

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