「ファンとの関係構築のカギは"信頼性"にあり」クリエイターエコノミーの現在地
だれでもがクリエイターとして活躍し、収益を得られる時代。拡大する国内クリエイターエコノミー市場に関し、以下の調査結果が発表されています。
日本におけるクリエイターエコノミーの現在地と未来について、アル株式会社代表取締役の古川健介(以下、けんすう)さんと、フリーランスの経済ジャーナリストとして活躍している後藤達也さんにお話をうかがいました。
大きな変化は技術ではなく文化から
ーー以前はInstagramやTikTokのユーザーのことをインスタグラマー、ティックトッカーと呼んでいました。でも最近では、「クリエイター」と称することが多くなってきています。
これは、プラットフォームよりもクリエイターのほうが立場が強くなったことの現れにも思えます。なぜこのような変化が起きたのでしょうか。
けんすう 僕は2000年の前半ぐらいからホームページで情報発信をはじめました。ですが約20年間は、こうした活動でお金を稼ぐことができなかったんです。
それがこの数年、Webでの情報発信でちゃんとお金をいただけるようになりました。ここに至るまでには、3つの段階があったと考えています。
最初のころは、インターネット上の発信では収入をまったく得られないのが主流でした。次の段階では、たとえばYouTubeに広告をつけて稼ぐやり方が成立するように。
そしていま、クリエイターが顧客から直接課金してもらい、収入が得られるという3つ目の段階になってきています。
このようになってきたのは、システムや技術の進歩よりも、文化の変化による影響のほうが大きい気がしますね。
ーーインターネットを取りまく文化は、どのように変化したのでしょうか。
けんすう むかしはSNSに広告を貼るだけでめちゃくちゃ叩かれたんですよ。
広告はたとえ1万PV稼いでも、収入はせいぜい2000〜3000円。200万円の収入を得ようと思ったら、1000万PVをコンスタントに出せるメディアをつくる必要があります。
となると、どうしても刺激の強い内容や情報の出し方でPVを稼ぎ、コストはギリギリまで下げる......というやり方にならざるを得ません。
専門的な話やニッチな情報は、PVが稼げないしコストもかかるため、敬遠されるようになって。海外のブログに書かれた文章をきちんと検証することなく翻訳しただけの記事などが、溢れかえるようになりました。
でもいまは、同じ200万円を稼ぐ方法として、ニッチな情報を2000人に1000円で買ってもらうというやり方が成立するようになってきています。
これは、“ 慣れ ” の影響が大きいと思うんですね。
40代以上の人からみると「クリエイター」とは、画家やミュージシャンみたいなイメージ。ところが、10代にとって「クリエイター」といえば、ネットで何か発信してるひと全般をさします。
生まれたときからインターネットに触れ、Web広告や課金などに慣れている世代にとっては、Web上の情報や作品などに対してお金を払うことは、全然苦にならないんです。
SNSにはそれぞれの住人属性がある
ーー後藤さんは日本経済新聞社(以下、日経)に勤めていた2020年4月にTwitterをはじめ、37万人のフォロワーを得ていました。でも、2022年3月に退職されたときにこのアカウントは閉じられて。同年4月に個人のアカウントをはじめ、現在(2022年10月25日)44.7万人のフォロワーがいます。
アカウントのIDを変えると、フォロワーが10分の1ぐらいになるのがふつうだと思うのですが、退職後6ヶ月でむしろふえている。すごいです。
後藤 旧アカウントのフォロワー37万人のうち、30万人ぐらいはこの1年間にフォローしてくれた方たちでした。アクティブでコアな方が多かったから、4月時点でもフォロワーがそれほど減らなかったのかもしれないですね。
私は退職後すぐにYouTubeをはじめ、いまはTwitter、noteと3本柱で発信しています。ほかにも、TikTokやInstagramをサテライトのように位置づけてつかっています。
ーー複数のSNSやメディアを組みあわせて発信しているわけですね。
後藤 各SNSで住人の属性が異なりますし、比較的世代が高めの方が対象となるテレビなども含め、できるだけいろいろなところに軸足を置いて、リーチを広げたいと思っています。
ーー後藤さんがはじめて配信したYouTubeはこちらです。
後藤 実はこれ、PowerPointでつくっています。15分の動画であれば、だいたい1時間でできますね。マーケットの話は半日で鮮度が落ちてしまうことがあるので、多少映像が荒くてもスピード重視でやっています。
“ 自分らしさ ” が大事に
けんすう YouTubeをはじめるときに人気のYouTuberの真似をしようとするひとが多いのですが、後藤さんはまったく違っていて。バリバリに自分の専門分野について話して、しかも映像にはこだわらない。
当時、YouTubeでこういう専門的な話をするひとはまだあまり多くはありませんでした。ひとつの成功例としてヒントが多いなと思います。
ーーPowerPointのアニメーションと声だけで、ひとの役に立つ情報を配信する。僕らが従来思っていたYouTubeの世界とは違うアプローチをした結果、後藤さんが新しい視聴者をYouTubeに連れてきた可能性はありますよね。
けんすう そうですね。確かに配信のノウハウを学ぶのは大事なんだけれど、自分に合わないものをやるとデッドコピーになってしまいます。
ーー自分らしさのほうが大事だということですね。
けんすう ここ2、3年で、そういう傾向がより強くなっているような気がしますね。
求められるのはアテンションより※オーセンティシティ
後藤 私はいま、noteのサブスクリプション「メンバーシップ」を運営していて。通常の記事とは別に、月500円または980円をお支払いいただいたメンバーだけが見られる、限定記事をお届けしています(コアメンバープラン980円は現在募集を停止中)。
課金していただくメンバーの方々とは、基本的には長期のおつきあいになります。課金し続ける価値があるかどうか長い目で判断していただけますので、記事のつくり方に対する私の意識もだいぶ変わりました。
半年後、1年後を振り返ってみても「このひとの書いた記事はちゃんとしている」、「信頼できる」と思ってもらえることを念頭において、一つひとつの記事を書くようにしています。
このやり方なら、ビューをとるために無理に発信を続ける必要がありません。背伸びをしない発信は、顧客にとっても自分にとってもすごく誠実だと思っています。
スタートアップの資金調達としてのサブスク
ーーけんすうさんもnoteで課金性の定期購読マガジン(月額制で記事を販売できる機能)をやっていますが、けんすうさん個人ではなくアル開発室として企業で運営しているのが特徴的ですね。
けんすう スタートアップである当社の裏話、主に失敗談を記事にしています。
記事をずっと読んでくれているお客さんは、商品開発の途中で起こったさまざま出来事を知っているので、当社が新しいサービスを出したときにすごく応援してくれるんですよ。
定期購読マガジンは事業としてやっているので、その収入は会社の運営費用の足しになっています。スタートアップはお金が潤沢じゃないところが多いので、月500円×100人で月5万円の売上だとしても、毎月入れば結構大きいですよね。
アル開発室では、月20本の記事を配信しています。毎記事約3000字ですので、月の合算で6万字。軽いビジネス書ぐらいのボリュームになります。ですから、お客さんも半分はコンテンツ代、もう半分は応援代という感じで、納得感や満足感が得やすいのかなと思います。スタートアップの資金調達方法としては、おもしろいやり方じゃないかなと。
後藤 受け手が人格を感じ取ることができない大企業が同じような発信をしても、ここまでひとを惹きつけることはできなかったでしょうね。
アル開発室では、アウトプットもけんすうさん自身がやってらっしゃる点が大きいと思います。
けんすう そうですね。会社の顔となるひとが、インフルエンサーのように発信するのがすごく重要ですね。
むかしから、企業としてやるからには仕組化しないといけない、従業員のだれでもできるようにしないといけないなどと言われてきたと思うんです。でもいまは、逆のことが起きているというのが僕の感覚です。
ーー企業としての発信でも、“ ひとらしさ ” を感じられることがとても大切ということですね。結局、人間は人間を応援したいものなんですよね。組織ではなく。
インフォメーションからオピニオン、ダイアリーへ
ーー最後に、これからクリエイターエコノミーに参入したいと考えている個人の方に対して、何からはじめればいいかアドバイスをお願いします。
けんすう 以前noteにもまとめたのですが、まずはインフォメーションを書くことをおすすめします。インフォメーションとは、自分しかもっていないとか、みんなが知りたいと思っている情報のこと。
ある程度フォロワーが集まったら、次にオピニオンを書く。さらに人気が出たらダイアリーを書くとよいでしょう。
後藤 けんすうさんのいまの話は、前々から参考にさせていただいていたんですよ。日経時代から、Twitterはインフォメーションを意識して「なるべく中立でさらっとした情報提供」に徹底するようにしていました。
私は、Twitterからはじめるのがいいと思います。拡散力が高く、はじめやすいので。あとはInstagramと、いまならTikTokでしょうか。TikTokはYouTubeより動画づくりの障壁が低いですし、一気に爆発する可能性もありますので。
ーーメディアや企業ではなく、個人でできる発信の強みとはなんだと思いますか。
後藤 組織内調整がまったく必要なく、どんなプラットフォームでも自由につかえることですね。
たとえばTikTokをやってみて、失敗したなと思ったらすぐにやめたっていい。試行錯誤がすごく高速回転でできるのが強みだと思います。
ーーアルでは、けんすうさんの個人としての発言をアル開発室で発信していくことによって、そのスピード感に乗れているわけですね。
でも実は企業もメディアも、組織は個人の集合体。ですから、とくにいま独立を考えていない方でも、クリエイターエコノミーの考え方をみなさんの中に取りいれて、今後の社内外の活動に役立てていただければうれしく思います。おふたりとも、本日はありがとうございました。
※敬称略
モデレーター
noteプロデューサー
徳力基彦
イベントアーカイブ動画は以下のリンクからご視聴いただけます。
interviewed by 徳力基彦 text by いとうめぐみ