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深夜の投稿。破られるタブー…Jクラブ幹部がnoteで「移籍の内幕」明かす理由


子どもは素直だ。
だからこそ、意見が胸に刺さった。

8月。西村卓朗さんはあるツイートを見つけた。
サッカーJリーグ2部のクラブ、水戸ホーリーホックのサポーターである父親が、子どもの作文の画像をアップしたものだった。

活躍している選手が、すぐに他のクラブに移籍してしまうーー。
だから、ホーリーホックはJ1に上がれないんだーー。

そんな旨が書かれていた。

そうだよな。そう思うよな。
400字詰め原稿用紙に鉛筆で書かれた文を、何度も読み返す。

これは、他でもない自分に向けられた言葉だ。

できる限り、誠実に答えなければいけない。
そう思い、スマホをグッと握り直す。


「人事の仕事をしています」

西村さんは、水戸ホーリーホックの「GM(ゼネラルマネージャー)」を務めている。

「よくわからない肩書ですよね。とくにサッカーファン以外の方がごらんになったら」

そう言って、苦笑いをする。

GMとは、テレビドラマや映画におけるプロデューサーのような仕事だ。
どんな作品(チーム)にしたいかを考える。その方向性にあわせて、予算の中で俳優(選手)を集めたり、監督(監督)を選んだりする。

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そこまで聞けば「サッカークラブの舵取りをしている大事な役職」と分かるかもしれない。
ただ、サッカー界では「そんなことは常識」と言って片付けられがちだ。ゆえに、GMの職責について、丁寧に説明される機会も少ない。

本当に、分かる人だけ分かればいいのかな。
西村さんはそんな疑問を持っている。noteにつづった自己紹介には、こうつづった。

水戸ホーリーホックというJ2リーグ所属のクラブで人事の仕事をしています。

ファン以外にも伝わるように。
誰にでも分かる「人事」という言葉で、自分の職責を説明している。

赤裸々な記事。大きな反響

今年の8月。西村さんが書いたあるnote記事が、話題になった。
タイトルは「強化の仕事2021年夏」。

Jリーグは、選手が他クラブに移籍できる期間を、年に2回設けている。
今年も国際サッカー連盟の規則に基づき、7月の第3金曜日からの3週間がその期間にあてられた。

選手の獲得、引き留めなどにあたる「人事担当」の西村さんにとって、もっとも忙しくなる時期。
その中で感じたこと、考えたことが、このnote記事にはつづられていた。

この時期の上位カテゴリーの強化担当者からの着信というのは時として恐怖である。つまりは引き抜きの話。

(中略)夏の移籍の話はだいたいは3日以内で決まる。本当に突然くる。そして瞬時に判断しないとその機会はなくなってしまう。

700件に迫るスキが寄せられ、多数のコメント付きツイートで拡散もされた。
それはやはり、こうした記事が例をみないからだろう。移籍の「内幕」を、他でもない当事者がつづったのだ。

「そうですね。ネット上の反響も大きかったですけど、業界内でもいろんな意見をいただきました。よく、あそこまで書くね、と」


ブラックボックス化する仕事

なぜ、こういう記事が珍しいのか。

選手補強の方針とは、すなわちクラブにとっての「手の内」だ。
勝負の世界だから、相手には必要以上に手の内は明かさない。そう考えるのも、道理ではある。

そして移籍には、必ず「契約」が絡む。
選手本人の権利を守るために、秘匿しなくてはいけない部分もあるのはたしかだ。

勝負のためであれ。契約上の理由であれ。本来はすべてを秘匿する必要はない。だが、すべて明かさなければとりあえず安全、という考え方もできる。
むしろ、そちらの方が簡単だ。

そうして「GMの仕事」は、ブラックボックス化してきたところがある。
西村さんは言う。

「強化担当は何を考えているのかわからない。同じ会社にいてさえそういうことがある。ましてや、世の中の皆さんにとっては…」

ファンに信頼される「根拠」を

果たして、本当にそれでいいのだろうか。
西村さんはずっと、疑問を抱えていた。

サッカー界の発展のため、と思うからこそ。
普段は見えにくい強化担当の業務を、もっと見せるべきではないのか。

そうすれば、業務に必要なスキルや能力、適性などについて、さまざまな意見が出てくるだろう。
そうやって「再定義」を繰り返してこそ、仕事は本質的なものになるのではないか?

何より、ファンは何を根拠に、クラブの方針を信頼すればいいのか。
これがベストなやり方なのか?

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西村さんは現役選手だった当時から、サッカー界の常識にこだわらない取り組みをしてきた。

他の選手に先んじて、健康管理に他競技のノウハウを取り入れた。
サッカーの本場ではないアメリカでプレーしたり、一時的にフットサルに転向したりもした。

やり方はいつも、自分で決めてきた。
だから「これでいい」と誰かに言ってもらって、安心できるタチではない。

強化担当のあり方についてもそうだ。
どんな仕事をしているのか、知ってもらった方がいいのではないか。

農業に学ぶ。「顔が見える」大事さ


現役を引退した西村さんは、2019年からホーリーホックでGMの仕事を任せられた。
その頃から、noteやTwitterで少しずつ「仕事の内幕」を書き始めた。

「文章を書くのが本職なわけではないので、どれだけ伝わっているのか不安に思うところもあります。自分の書くものはクセが強い、という自覚もありますし」

それでも、信じるところにしたがって、多忙を押して書き続けた。

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背中を押してもらうような出来事もあった。

7月。
西村さんは地元密着を掲げるクラブの新事業として「農業への進出」を検討していた。

リサーチのためにと、あるオンライン講義を受けた。
その内容に、深く感銘を受けた。

西村さんの心をとらえたのは、高橋博之さんという講師の講義だった。
そこでは、農業が抱えてきた問題が語られていた。

大量生産を目指す過程で、農業は生産者と消費者とのコミュニケーションを「コスト」と考えて、そこをはぶく方向に舵を切った。
結果として合理化には成功したが、一方で熱や思い入れを持ってものをつくる生産者はだんだん少なくなっていくことにつながった。

そこを取り戻すにはもう一度、生産者と消費者の間を繋ぎ、顔の見える「良い人間関係」を作り直すしかない。
近年、農業の世界には、そういう考えが広まっている。生産者の名前や写真を添えて野菜を売る取り組みなどは、その一環にある。

サッカーも同じではないのか。

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生産性を追求しすぎると、極度な分業化が進む。
合理性が生まれる一方で、関わるすべての人の間に、物理的にも心理的にも距離が生じる。

至るところで分断が生まれる。
結果として、ファン・サポーターはこう思うことになる。

よくわからない存在が、選手を集めている。
よくわからない手段で、監督を選んでいる。


それではファン・サポーターとの間に「良い人間関係」はつくれない。
クラブを本当の意味で愛してもらうのも、難しいのではないか。

ようやく訪れる「執筆の夜」


8月13日、沖縄・那覇市内のホテル。
西村さんはチームとともに、翌日に迫ったJ2リーグ戦、FC琉球戦に備えて現地入りしていた。

午後9時過ぎ。自室でこなしていた各方面とのオンライン会議が一段落した。
シングルルームの狭い天井を見上げて、深呼吸をする。遠征先でだけ訪れる「ひとりだけの時間」。やることは決まっていた。

「1か月くらい前からカレンダーを見ながら、このタイミングでnoteを書こうと思っていました」

おもむろにスマホのメモ画面を開く。
そこにはこの数週間で感じ、考えたことが、山のようにつづられていた。

ファンの思いが打ち砕かれる瞬間


7月から続いた、今年の「夏の移籍期間」。
クラブにとって激動の3週間だった。思い返すように、西村さんはつづる。

住吉ジェラニレショーンが広島に
柳澤 亘がG大阪に
平野佑一が浦和レッズに
買い取られていった。

いずれの移籍先もJ1で優勝を経験し、アジアでもトップクラスのクラブだ。
こうした強豪に引き抜かれるというのは、ホーリーホックでのプレーが並外れてよかったからにほかならない。

それはつまり、それだけホーリーホックのファン・サポーターから信頼され、愛されていたということでもある。
この選手さえいれば、J1昇格も夢ではない。そんなサポーターの思いが打ち砕かれる瞬間。それが「移籍」だ。

「移籍させないでほしい」

そんな思いは、痛いほど分かる。
だから西村さんは、noteにこうつづった。

もちろん時として、オファーを壊すことは不可能ではない。しかしそれによって失う「信用」、クレジットの損失は計り知れない。

別れの阻止にいくつかの矛盾を駆使しするよりも、惜しみながらも送り出し、いつかの再会の可能性を信じる事を今は選択している。


それでもなお、快く送り出す理由とは

他でもない本人にとって、ビッグクラブへの移籍は人生のチャンスだ。

それをつぶしてしまうようなクラブには、選手は集まってこない。
選手が集まらないクラブは、ファンやサポーター、地域から愛されることもない。

「ホーリーホックは育った選手がすぐに引き抜かれる」と言われる。
それはつまり、それだけ育つ可能性を持った選手が集まるクラブだから、なのだ。

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快く送り出すから、また新たな才能が育つ。

分かってもらいたい。西村さんは思う。
だが一方で、こうも考える。

「分かってもらえて当然」と思った瞬間から「分断」は始まるのではないか。


時計の針が重なる直前に

8月13日深夜。
西村さんは原稿を一通り見直すと「投稿」のボタンを押した。

投稿時刻は23時59分。
日付が変わった瞬間、夏の移籍期間が終わる。そんなタイミングにあえて合わせた。

書きあげた記事は、決して整った文体ではない。
読みやすく構成されたものでもない。

「クラブの広報なんかは、一度見せてほしいと思っているでしょうね」

そう言って、苦笑いをする。
だが、今回はそれでいいと思っていた。

「一次産業のことを勉強させてもらって、いろいろ気づきがありました。高橋さんのように、顧客との間によい人間関係をつくるなら。サッカーと、サッカー外の学びとを繋げようとする頭が働いてた時期だったので、ああいう文章になったのかもしれませんね」


「そこまで書くのか」と思われたとしても

「移籍交渉が3日間で決まるとは」
「こういう記事が読めるのはとてもいい」

西村さんの記事は、多くのファン・サポーターにとって「発見」に満ちたものだった。

Twitterなどを通して、たくさんのコメントが寄せられた。
中には、選手の移籍先クラブのサポーターからの反応もあった。

大事に育てた選手を送り出してくれてありがとう。
大切に応援します。


そんな内容だった。
絆が深まる。サッカーファン全体の理解も進む。そうとらえる向きもあった。

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選手が育ち、活躍する。そして、ビッグクラブにも快く送り出す。
だからこそ、ホーリーホックには有望株が集まってくるのだーー。

そこまで理解してくれるファンの声までみられた。
西村さんはしみじみと言う。

「僕の記事をみて『そこまで書くのか』とお感じになった方も、サッカー界にはいらっしゃるかもしれません。でもやっぱり、自分たちの仕事のことはきちんと伝えていった方がいい」

「まだまだ知られていないし、わかっていただけるのが当然でもないから。あらためて、そう思います」

書いてこそ示せる「存在意義」


西村さんは選手たちにも、noteの記事を書くことを勧めている。

「自分たちとは何なのか。どうなっていきたいのか。文章を書くことは、そういったあたりを整理して、言語化していくことにつながります。自分のキャリアを考えさせる上で、とてもいいですよね」

何より、多くの人に自分の考えを知ってもらう機会にもなる。

「地域や社会におけるサッカー選手の存在意義を、僕たちは示していく必要がある。そういう意味でも、サッカーファン以外にも読まれていくnoteという場に記事を置いておくのは、とてもいい気がしています」

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サッカーには、一般企業よりもはるかに早いスパンで、取り組みが結果に反映されるという側面がある。

試合の勝ち負けしかり。
選手がどう育って、どう評価されるかもしかり、だ。

社会の縮図であり、ビジネスの縮図。人生の縮図ともいえるかもしれない。
そんな存在意義も、スポーツにはある。そこも意識しながら、西村さんはnoteを書く。noteを書かせる。

「うちのクラブは一般企業のみなさんが使われているフレームワークを援用していますし、逆にサッカーをモチーフにビジネスを考えてもらえるところもあるかもしれないとも思っています」

「そういう考え方をするのは、以前から個人的に好きでした。そういう意見やノウハウの交換、交流の場としても、noteを活用していきたいと思っています」

誠実につとめた答え。明日への誓い


活躍している選手が、いつも移籍でクラブを去ってしまう。

そう作文でつづった少年に、西村さんはTwitter上でこうメッセージを送った。

宿題で取り上げてくれてありがとう!
選手が移籍…。
そうなんだよね…。

でもたくさんの選手を応援する機会にもなるかもね!一人一人の選手に特徴があり、個性があり、想いがあるんだ!想い入れを持って応援してもらえる選手がたくさんいるチームをつくっていくね!

(西村さんのTwitterより)

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西村卓朗さん
1977年8月15日、東京都生まれ。Jリーグの浦和や大宮などで11年間プロサッカー選手として活動。引退後は、指導者を経て2016年より水戸ホーリーホックの強化部長となり、2019年9月から取締役ゼネラルマネージャーに就任。
2021年にJクラブながら農事業をスタートさせるなど、サッカー自体にかぎらず様々な事業を手掛けている。
note:https://note.com/ntakurou815
Twitter:https://twitter.com/takuro815


取材・文=塩畑大輔、編集=戸田帆南

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