大嫌いな涙
泣き虫は嫌いだ。涙を流せば解決することなんてこの世には存在しないと思っていた。
ただ、彼女が流す涙はどうしても嫌いになれなかった。
彼女は、そっけない人だった。冷淡というわけではなく、どこか他人に関心がないような、自分をしっかり持っている女性だった。
そんな彼女が涙を流す時は、決まっておれと向かい合う時だった。
俺の単身赴任が決まった日の夜。俺から一切目を逸らさず、自分が泣いてしまっていることに気づいていないようだった。
「寂しい?泣くなんて珍しいね」
「ごめん。なんで泣いているんだろう」
頬をつたる涙に気づくと、彼女は慌てて手の甲で目尻を拭い、顔を赤らめながら目を逸らした。
何度かそのようなことがあった。
しかし、関係が終わったあの日、涙を流しているのは俺の方だった。
「泣くなんて珍しいね。でも、ごめんね。もう耐えられない」
「あぁ。なんで泣いているんだろう」
彼女の涙は俺への信頼、愛情、覚悟の表れだったと今更気づいた。
それを俺は一生揺るがないものだと信じて疑わなかった。
彼女の覚悟を無下にし、取り返しのつかないことをたくさんした。
そんな俺の涙は許しを請うための手段でしかなかった。
俺が散々嫌っていた人間が、追い詰められた時に流すそれだった。
「もう、戻れないんだな」
悟った俺は涙を拭い、精一杯の覚悟を見せた。
「今までありがとう」
そう言った彼女と初めて目を合わすと、頬に光るものが見えた気がした。でもそれは気のせいだ。
そうでないと、俺は自分をもっと嫌いになる気がした。
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