【Day3】2024/12/29までにスモールビジネスを立ち上げる男
自己紹介
突然の自己紹介になるが私は現在26歳のサラリーマンです。
今後、こちらのnoteでは私が2024/12/29までにスモールビジネスを立ち上げるまでの記録を日記形式でつけて行こうと思います。
なので、誰かに見てほしいとかそういった願望はなく、自分のメモかつ日記として、こちらのnoteを更新していきます。
内容に関しては本日行ったことや学びや時にはビジネスプラン等々を記載して行こうと思います。
本日は自分の生い立ち(小学生時代前半)について話しをして行こうと思います。
両親の離婚(小学1年生)
まず小学生時代の僕を語る上で外すことないがない出来事は両親の離婚である。僕が小学1年生の時に両親は離婚をした。その時は理由などは全くわからなかったが、20歳になった時に母親に聞いたところ、父親のうつと浮気が原因とのことである。
実の父親の記憶はあまりないが、覚えているのは顔はコワモテだが、とても優しく、一緒にサッカーやゲームをしてくれた記憶である。
母親から聞く父親と僕の記憶の父親はかなり乖離があるが、それなりに愛情を持って育ててくれたと思う。
両親の離婚を機に僕は母親の実家である、北九州に引っ越すことになった。
引っ越した時期は小学1年生の6~7月くらいだった。鹿島の小学校で入学式を行い、仲の良い友達もできたタイミングで転校することになった。
お別れ会などを開いてもらったような記憶があるが、僕は子供だったので、なぜ転校するのか、転校したくないなどの気持ちは全くなく、むしろ新しい所に住めるのが旅行のような気持ちで好奇心ゆえか少し嬉しくなっていた記憶がある。
このように子供時代は変化に対して前向きに対処できる性格をしていたと思う。
故郷の北九州へ(小学1年生〜小学3年生)
そんなことで僕は北九州の祖父母の家で家族7人暮らしをすることになった。
構成は母親、4人兄弟(正確には末っ子は母親のお腹の中にいた)、おじいちゃん、おばあちゃんである。
おばあちゃんはとても優しく、僕は紛れもないおばあちゃん子である。
母親は仕事で家にいなかった為、小学生の僕たち兄弟をおばあちゃんが面倒を見てくれた。
おじいちゃんは脳梗塞の後遺症で片手片足が動かずいつも杖で移動していた。
おじいちゃんはとても厳しく、良くも悪くも昭和の頑固親父という感じの雰囲気があった。
おじいちゃんが叱り役、おばあちゃんがフォローに入るという構成であった。
僕は北九州の小学校に転入した。この小学校は生徒数がとても少なく、各学年1クラスしかなかった。全校生徒も150人くらいだったと思う。
なので、学年はファミリー感があり、転入したばかりの僕もすぐ友達が出来た。
男女関係なく仲良しで、近所の駄菓子屋の孫の女の子や、家が近いTHEヤンキーの息子のような男の子や本当に分け隔てなく、仲良しになった。
その中でも特に2年生の時に転入してきたRくんとは親友のように毎日遊んだ。
今日のキーワードは
「転校」「転入」「父親」「好奇心」「友達」
R君の詳しい話や印象的なエピソードは明日の小学生時代後半でお話しできればと思う。
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