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星空に溶けるとき


3ヶ月

お見合いで出会った男女が、プロポーズに至るまでの平均的な期間である。

そんなに短いのか。
多くの人はそう思うだろう。
僕も思っていた。 

彼女と出会ったのは2ヶ月前、そこから順調に擦り合わせをして、来週には両親への挨拶を控えている。プロポーズもきっともうすぐすることになるのだろう。

(もう少しだ、もう少し、、、)

順調すぎるほど順調だが、彼女に触れたいという欲望と、相談所から課されている制約の間で、僕はどうにかなりそうな気分だった。

夜の海辺で潮風に当たる彼女の横顔は、凛として綺麗で、触れてみたいと思う。

頬に手を当てて、反対の腕で引き寄せて、キス、なんかして。

(そこで終われる、自信がない。)

相談所で出会った男女は、関係を持った時点で成婚とみなされる。関係を持つために早々に退会するという手もあるが、僕はきちんとした手順を踏んで先に進んでいきたいと思っていた。

「星が綺麗だね」

うっとりとした横顔から、思わず目を逸らす。昼間の熱が残った海辺は少し蒸し暑く、汗ばんだ額に前髪が張り付いている様子は、見つめ続けるには刺激的だった。

(他のことを考えよう。)

「キス、してもいい?」

「え?」

突然の言葉に頭が真っ白になり、同時に彼女も同じ欲望を抱いていたことに安堵した。

「いいよ。」

考えるより先に言葉が出ていた。すぐに後悔したが、既に遅い。彼女は恥ずかしそうに目を泳がせている。

一瞬気まずい沈黙が流れ、彼女は何かを決意したように手を伸ばした。

(ああ、もう!)

なけなしの理性が、戻ってこいと言っている。荒波の立った心を沈めて、流れに飲み込まれそうになった自分を引き止める。

おずおずと近づく手をこちらから掴み、引き寄せた。じんわりと広がる温もりに頬が熱くなる。

「えっ、、、?」

彼女は驚いた様子で、動きを止めた。それでいい。主導権は僕が持つ。彼女の予想外の行動は、簡単に僕の心を崩してくる。

(キス、だけなら、、、。)

胸の中に彼女を抱いて呼吸を整えるが、思うようにいかない。それどころか、僕と彼女の温度が溶け合ってますます鼓動が高まっていく。

汗ばんでいるはずなのに、甘い香りがしてクラクラする。小さくて華奢で、壊れてしまいそうだ。

彼女の透き通るような白い肌に、僕の無骨な指で触れるのは忍びない。そう思って僕はなるべくそっと優しく、頬に手を伸ばした。

指先に柔らかい肌を感じたとき、彼女は少し身じろぎして下を向いた。

「やっぱ、やめとく?」

ここまできてという気持ちは無くはないが、彼女を不快にさせたくはない。やはり急に触られるのは嫌だったのだろうか。

「、、、、ううん。びっくりしただけ、、、。」

恋人と初めてキスしようかという時に、平常心な人間はいない。彼女もそれなりに照れている様子を見ると、こちらが遠慮するのも馬鹿馬鹿しくなる。

「じゃあ、やめない。」

彼女の意思が確認できたところで、僕は一気に距離を詰めた。

「、、、、っ、、!」

唇に柔らかい感触を感じ、僕は今までで感じたことのない高揚感に包まれた。このまま続けたいが、彼女が体を硬くしたのを感じて一旦体を離す。怖がらせるのは本意じゃない。

体の力が抜けるのを確認して僕はもう一度彼女を引き寄せた。今度は先ほどよりもっと柔らかい。彼女も僕を求めるように引き寄せてくる感覚が心地いい。愛おしい、とはきっとこの感情のことを言うのだろう。

欲望のままに温もりを感じていると、手放すのが惜しくなってきた。キスの終わりは、どうしたらいいのだろう。考えながら続けていると僕を引き寄せていた手が背中を叩いた。

(やば、、、!)

ぱっと手を離すと、彼女が息を切らしていた。頬が紅いのは息ができなかったからなのか、照れなのかどちらだろう。

「ごめん、つい、、!」

「う、、、ううん、こっちこそ!」

まだ息切れしている彼女が、不意に顔を上げて上目遣いにこちらを見て口を開いた。これはやばいやつ、と思ったが時既に遅し。僕は彼女の先制攻撃に負けっぱなしだ。

「もう一回しよ。」

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