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【5〜8巻】『進撃の巨人』で描かれた多種多様な「自由」を紐解く②

『進撃の巨人』には様々な「自由」があるという話をしてきましたが、あらゆる自由を包括し体現している組織が調査兵団です。

調査兵団は他の兵団と違い命がけで壁外へ赴き、毎回多くの死傷者を出しています。中には税金の無駄遣いという意見も出るほど市民からは歓迎されていません。さらに王政にとっては「人類は巨人に勝てない」と納得させるための見せしめの役割もありました。

そんな調査兵団はなぜ心臓を捧げているのでしょうか。ただ巨人が憎いからでしょうか。

それはこの残酷な世界をより良い世界にしたいから。今を生きる世界をより良くしたいというのは人の当たり前の欲求です。巨人という不条理に抗いそれを純粋に求める精神こそ自由そのものです。調査兵団はまさに人類の自由の象徴と言えます。

そんな調査兵団の中でも異彩を放つのが分隊長のハンジさんです。ハンジの興味は巨人の謎を解き明かすことでした。「巨人の頭を蹴り飛ばしたら異様に軽かった」という偶然の発見から巨人の神秘さに魅了されたハンジは、憎しみとは違う観点から巨人にアプローチするようになります。
(巨人の体が軽いということは密度が小さい、つまり水に浮く、だから泳げる!という最終盤での鮮やかな設定回収も見事)

ハンジの魅力はそのまっすぐな人間性にあります。憎しみの呪いから解放されたハンジの存在は人類にとって貴重な可能性であり、人の素晴らしさなのだと思います。そんなキャラにも様々な工夫が施された呪いの数々をかけるのがこの作品なのですが。

壁外調査で女型の巨人と相まみえる調査兵団。このパートでは「選択」がキーワードになります。自分の人生を自由に決めていいということは、必ず選択が付きまとうことになります。

自由でありたいなら選択をしなければならず、それには不安や恐怖がつきものです。ではどう対処すればいいのか?

人類最強と言われるリヴァイ兵長は、自分か仲間か選択し切れないエレンに対し「悔いが残らない方を自分で選べ」と諭します。

リヴァイはその圧倒的な戦闘力で人類最強と言われていますが、それに加えて精神力においても作中最強クラスの存在です。

リヴァイは最強であるがゆえに多くの修羅場を潜り抜け、そして多くの仲間の死を見届けてきました。どんな状況かも分からない中選択を迫られ続けてきたリヴァイは、人間は選択の恐怖からは逃れられない、だからせめて悔いが残らない方を選べという真理に辿り着き、実践してきました。そしてそれを悔いなき選択として受け止める強さもまたリヴァイの凄みなのです。これがリヴァイがこの残酷な世界の中で強者である所以です。

アルミンもまたエルヴィンの姿を見て選択の一つの境地に辿り着きます。困難な状況で選択を迫られたとき、何も捨てることができない人には何も変えることができないということに。

ときには人間性をも捨てるほど…というと極端な気はしますが(今までずっと人間らしくあるには…という話をしていたので)、要は大胆な選択ができる度胸と覚悟を持てということです。つまり必要なものは勇気です。アルミンはこのときから、エルヴィンの顔を思い浮かべつつ難しい選択を迫られたときほど固定観念を捨て、柔軟な発想で選択することを指針にするようになります。

そしてエルヴィンもまた、女型の巨人に出し抜かれたことで「最善策に留まっていては勝てない」という結論に至ります。それとは対照的に描かれていたのがエレンたちリヴァイ班のメンバーです。

エレンは選択を迫られたとき、仲間たちの「信じて」という言葉を受け自分ではなく仲間を選びます。その結果女型の巨人の生け捕りに成功するのですが、惜しくも逃げられてしまいます。そして再び選択を迫られ、最善策である仲間を信じることを選びます。大丈夫、一度うまくいったのだからと。

その結果みんな死んじゃいましたとさ。

この世界はそんなに生易しいものではありませんでした。エレンは自分が選択を間違えたのだと深く後悔します。仲間を信じたいという結論ありきで選択したこと、言い換えれば選択から逃げてしまったことでエレンは仲間を失ってしまいました。

エレンは「人か?巨人か?」と疑われたときも、仲間を巻き込んで危ない目に会わせるくらいなら単独行動するべきではという考えを持っていました。マーレ編以降のエレンもまた単独行動が目立ちますが、今思えばこの出来事も通過儀礼の一つだったのでしょう。

女型の巨人に敗北し連れ去られるエレンをミカサとリヴァイが追うシーン。部下を皆殺しにされたリヴァイが下した選択は、女型の巨人を殺すことではなくエレンを救うことでした。

これもまたリヴァイが強者たる所以でしょう。普通であれば仲間を殺した相手を殺したいと思うところを、リヴァイは冷静に状況を見て今何をすべきか明確にし、エレンを救うことを選びます。

後に獣の巨人が平地で瞬殺されたことを考えると、このときリヴァイが本気を出していれば女型の巨人も瞬殺できたはず。しかしリヴァイは女型の隠された能力の可能性やそもそもの主目的を考慮し(たぶん)冷静な判断ができたことでエレンの奪還に成功したのです。選択はときに大胆さも必要ですが、同じくらい冷静さ、謙虚さも必要ということなのでしょう。

余談ですが、リヴァイの調査兵団入団を描いたスピンオフ作品『悔いなき選択』において、地下街時代からの仲間を奇行種に殺されたリヴァイが激昂し、怒りに任せ必要以上に切り刻んでその奇行種を殺していたことを踏まえると、いったいどれだけの経験を積み重ねてきたのか…となりますね。

自由を渇望するエレンでしたが、またしても大きな通過儀礼にさらされます。女型の巨人の正体が同期のアニと判明したときはさすがのエレンも戦う決意が大きく揺らいでしまいます。巨人と戦うことはできても、3年をともに過ごした仲間と戦うことにエレンは覚悟が決まりません。

「なんでお前らは戦えるんだよ」
「仕方ないでしょ? 世界は残酷なんだから」

作中で何度も繰り返されるこの言葉がエレンを再び奮起させます。通過儀礼を乗り越えたエレンたちはまた一つ精神的に強くなったのでした。自由を求めるのなら、それ相応の代償を払わなければならないのです。

本章の最後は、そんなエレンたちと戦った壁の破壊者の一人、アニについてです。

憲兵団に入ったアニはマルロに対し、「他人より自分の利益を優先させ周りがズルをすれば一緒に流されるクズや悪」を正しいとは言えないとしつつ、それを「普通」だと言います。

ここで言う「流されるヤツ」とはつまり運命をただ受け入れているだけの存在のことです。エレンたちのような運命に立ち向かう強い人たちとはまた違う人たちです。そしてアニは自分もそうだと言っています。

アニは言われてみれば流されやすい性格で、パラディ島に着いてすぐマルセルが巨人に喰われた際に引き返そうと提案しますが、ライナーの説得に押されて壁の破壊に加担します。ほかにも、特に使命感もないのにマーレ軍の言うがままに人を殺したり、マルコの立体機動装置を外して見殺しにしたりと、思い当たる節が多いキャラクターです。

たしかに流されること自体は普通なのかもしれません。でもそれで本当にア二がなりたい自分になれているのでしょうか。おそらく違うはずです。アニは本当はそんなことしたくないと思っている優しい人なのです。

実際、アルミンにも「本当は優しい人だよね」と見抜かれていましたし。アニは状況に流されて本当の自分を見失っています。

アニは本当の自分を獲得し、自由になれるのか?
それは硬質化の封印が解かれるだいぶ後のお話。

次回はアニメ化に4年もかかってしまった9〜12巻です。

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