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【9〜12巻】『進撃の巨人』で描かれた多種多様な「自由」を紐解く③

前回と前々回の最後に、本当の自分と向き合うことが精神の自由につながるという話をしました。本章はその流れをくむアイデンティティについてです。

ウォール・ローゼ内に巨人が出現したことで現場に駆り出される調査兵団。サシャが訪れた村はすでに人が出払っていましたが、取り残された少女カヤを発見します。サシャはカヤに「何でそんな喋り方なの?」と聞かれます。

森で育ったサシャは狩人の一族として生活していました。しかしウォール・マリアが崩壊し転機が訪れます。同族の価値観のみで生きるのか、他者の価値観とともに生きるかを迫られ、サシャの父はこれを機会にサシャに故郷の森からの独り立ちを提案します。

普通にしていれば「芋女」の称号を与えられ、故郷の訛りをごまかそうと敬語で話すと変な喋り方と言われ…そんな生きるのが不器用なサシャに対し喝を入れたのがユミルでした。「お前の言葉で話せよ!」と。戸惑うサシャにクリスタ(ヒストリア)は反論します。「今だってありのままのサシャの言葉でしょ?」と。

巨人に追い詰められたサシャはなぜかこの出来事を思い出しました。もしかしたら、あまりの恐怖と絶望で自分の世界に閉じこもってしまったカヤと自分を重ねたからなのかもしれません。

取るに足りない思い出の中でサシャは何かを掴みます。ありのままで生きる自分も、他者に合わせようとする自分も、どちらも自分の一部なのだと。こうしてサシャは本当の自分を手に入れることができたのです。(ゲーム『ペルソナ4』でシャドウがペルソナになるやつと一緒です)

成長したサシャはカヤを励まします。あの日の二人が自分を救ってくれたように、あなたを助けてくれる人は必ずいる。「会えるまで走って!」

「会えるまで」という表現が個人的にすごく好きで進撃らしいなと思います。ちょっと走ってもそう簡単には会えないという厳しさと、でも希望はあるから走り続けてという優しさが詰まってますよね。ただ走るのではなく走り続けるのです。

サシャの方言丸出しの魂の叫びはカヤの心に届き、彼女は自分の足で走り出すことができました。そしてこの精神の自由を獲得したサシャの生き様は、最終的にカヤだけでなく多くの人を「森から出す」ことになるのです。

もう一人、その生き様が多くの人を救ったのがユミルです。ユミルは最も精神的に自由であったキャラクターの一人であり、個人的にはミカサの次に好きなキャラクターです。

夜に動く新種の巨人に追い詰められる調査兵団。ユミルはクリスタに対し、雪山でのことを思い出してほしいと頼みます。

クリスタはその生い立ちから何やかんやがあって綺麗な死に場所を探していました。雪山でダズを巻き添えに死のうとしていたクリスタにユミルは「そりゃ悪い子だろ?」と囁きます。

なぜユミルはそんなクリスタに執着していたのでしょう。それはユミルもかつて「誰かのために死んであげた」過去があったからでした。

ユミルの過去が語られるのは原作では少し後ですが、ここはアニメの流れに準拠します。名もなき貧しい少女だったユミルは新興宗教団体の男にユミルという名前と「女神様」の役割を与えられます。ユミルはそれが誰かのためになるならと女神の役を演じ続けていました。

しかし結局ユミルたちはマーレ当局に発見され「楽園送り」になったのでした。そしてユミルは一つの教訓を得ます。

どうもこの世界ってのは
ただの肉の塊が騒いだり動き回ったりしているだけで
特に意味はないらしい
そう 何の意味もない
だから世界は素晴らしいと思う

再び目を覚ますと そこには自由が広がっていた
私はそこから歩き出し 好きに生きた
悔いは無い

解釈は様々ですが、わたしは役割や呪い、運命から解放されたユミルが本当の自由とは何かを掴んだのだと思いました。生まれたこと、生きることに意味なんてないと気づいたからこそ、この世界の素晴らしさ、尊さに気づくことができたのです。

そんなユミルでしたが、とある教会で「妾の子が偽名を与えられ訓練兵団に追いやられたらしい」「生まれてこなければよかったのに」という話を聞きます。そしてユミルは訓練兵になり、「役に立つ人間だと思われたい」と語るクリスタと出会いました。

このときからユミルにとってのイカした人生とは、かつての自分と同じだったクリスタの心を救うことになったのでした。それが人生の復讐になるのだと。

結局ユミルは巨人の力を使うリスクを犯してダズとクリスタを助けるのでした。これは自分の良心に従った結果なのでしょう。

ユミルはクリスタに語ります。
「お前…胸張って生きろよ」と。

自らの正体を明かし自分たちを救おうとするユミルの姿にクリスタは心が打たれます。そして自分に与えられた「良い子のクリスタ」の役割を捨てることができたのです。

役割の呪いから自由となったクリスタはついにユミルに自分の本名がヒストリアであると打ち明けることができ、二人は唯一無二の友へとなったのでした。

アイデンティティの確立もあれば、当然アイデンティティの崩壊もあります。壁の破壊者であったライナーとベルトルトのことです。

ライナーは実直すぎる性格ゆえに、壁の破壊者として罪を背負うことに心が耐えられなくなりました。その結果、壁を破壊する戦士と壁を守る兵士の2つの人格に精神が分裂してしまいます。そして自らを「半端なクソ野郎」と評します。

ベルトルトは正体を明かすまでその均衡をギリギリ保っていましたが、ジャンたちにお前たちは裏切り者だったのかと問い詰められ、ついに本音が漏れてしまいます。
「誰が人なんか殺したいと思うんだ」
「誰か僕らを見つけてくれ…」

その言葉本当の意味を理解できたのは、このときはユミルだけでした。

そのときエルヴィンの奇策により現場は大混乱に陥ります。ユミルは調査兵団に付くか、ライナーたちに付くかの選択を迫られます。

その答えをくれたのはヒストリアでした。
「私達はこれから!私達のために生きようよ!」

そこには自らを蔑むクリスタではなく、自分の人生を生きようとするヒストリアの姿がありました。

そしてユミルは、ライナーたちに付くことを選んだのでした。ヒストリアがその意味を理解することができないまま。

ここの解釈も様々ですが、おそらくユミルは感じていたはずです。自分がヒストリアを救うために彼女と一緒にいたのであれば、もうその必要はなくなったのだと。だから今度は自分のためにこの命を使おうと。

この場でライナーたちを理解できるのは自分だけでした。ベルトルトの本音を聞いてしまったユミルは、本当に自分がやりたいこと、今なすべきことを掴みました。ヒストリアと一緒にいたいという結論ありきの選択ではなく、自己実現のためにユミルはヒストリアと離れることを選んだのだと思います。

本章の最後は、ユミルとは対照的にただエレンのそばにいたいミカサのアイデンティティについてです。

ミカサのアイデンティティとはエレンのために生きることです。エレンを死なせない、エレンのそばにいたい、そんな思いがミカサの強靭な精神力をつくりあげました。

エレンの母親を喰った巨人を前に絶体絶命の状況の中、死を覚悟したミカサはエレンに思いの丈をぶつけます。

「マフラーを巻いてくれて ありがとう…」

エレンはこの言葉で再起し、それが座標(始祖の巨人)の力を発動させるきっかけになったのでした。

この場面は作中屈指の名シーンで、テレビ番組の声優生アフレコ企画でもこのシーンがよく採用されたりとファンが一番覚えているであろう超重要シーンです。

ミカサはエレンのことを温もりをくれる存在、自分を定義してくれる存在、神様のように見ていたのかもしれません。一種の崇拝でありただの恋愛感情ではなさそう。つまり対等な関係ではないのです。この歪さがミカサをまるで奴隷のように、マフラーを首輪のように見せているものの正体です。

後にエレンが、もしかしてミカサのあの感情ってアッカーマンの習性なんじゃ…と疑うほどミカサの愛には重いものがあります。(ジークがそんなことないよってフォローするの弟思いでかわいい)

キャラ造形や名前の由来まで『エヴァ』の綾波レイの系譜であることは間違いないでしょうが、綾波レイでもこの愛の重さには驚くでしょうね。

ん、お前も10年に渡って進撃に執着し続けてるだろって…? 誰が奴隷だ。

次回はヒストリアの自己実現が描かれる13〜18巻です。


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