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【識者の眼】「『コロナ禍』で気になる言葉」中井祐一郎

中井祐一郎 (川崎医科大学産婦人科学1特任准教授)
Web医事新報登録日: 2021-06-18

産科医である私ごときが「コロナ禍」における問題を語るのも烏滸がましいが、どうしても気になる言葉がある。「ソーシャル・ディスタンス」というやつだ。どう読んでも、「社会的距離」としか訳しようがない。しかし、相互の繋がりによって高度な社会化を達成したヒトにとって、社会的距離を拡大することは望ましいとは言えない。この世のメンバーが全て互いに社会的距離を確保するという生活は、生き辛さを抱え込んだ人たちにとって致命的となりかねない。

一年程前に在阪百貨店の入口に「フィジカル・ディスタンス」という案内を見付けてほっとした記憶があるが、その他のお店でどのように表現されているのかはよく知らないままに終わった。そして「ソーシャル・ディスタンス」という言葉が蔓延る世の中を横目で見ていたが、昨年9月に福岡県小郡市が「ソーシャル・ディスタンス」を「フィジカル・ディスタンス」と言い換えると発表していたことを当教室の下屋教授が教えてくれた。これは世界保健機関の推奨事項であるそうだし、広島県などでも同様の主張が行われていた。しかし、「言葉狩り」のようには、「フィジカル・ディスタンス」への言い換えは進んでいないように感じる。

感染症防御において、社会的距離自体に意義があるとは考え難い。混雑した通勤電車では身体的距離は近いが、乗客間の交流は希薄だろう。確かに社会的距離は確保されているが、このような状況が感染症伝播の阻止に有用とはいえまい。いやいや、有用でないともいえまいか…話をすることもないのだから、喋り合う関係よりはましである。確かに、人がそれぞれ、他人との関係性を全て断って生きて行くのならば、感染症伝播を阻止できるかもしれない…強い人たちならばできるのかもしれない…。「ソーシャル・ディスタンス」という言葉を誰が導入したかは知らないが、ヒトを生活人として見ることができない医学者らしいと言ったら、怒られるだろうか?

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