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【識者の眼】「東京五輪のレガシー:情報保障で誰も置き去りにしない社会へ」武田裕子

武田裕子 (順天堂大学大学院医学研究科医学教育学教授)
Web医事新報登録日: 2021-08-06

賛否両論のあった五輪が始まりました。女性蔑視発言やルッキズムによる関係者辞任に続き、担当クリエーターの人権感覚欠如の言動が次々と明るみになりたくさんの批判がありました。しかし、そうした議論からもさらに置き去りにされた方々がいました。

無観客になった開会式でスタジアムの大スクリーンに手話通訳者が映し出された一方、約4時間に及ぶNHKの生中継では、一切、手話通訳がなかったことに問題意識を持った聴者はどれだけいたでしょう。私も全く違和感を持たず、後日、同僚に「ろう者の友人たちがとてもがっかりしていた」と聞くまで気づきませんでした。韓国や台湾、カナダをはじめ海外の中継では画面の右下に手話通訳者が映し出されていたそうです。

自国開催なのに、いかなる差別も認めないのがオリンピズムのはずなのに、開会式を他の人と同じように楽しむことができず「取り残されたと感じた」とSNSでつぶやいたろう者に、「字幕がついていただろう」という応答もあったそうです。字幕は遅れて表示されるため映像とずれが生じます。また、画面の中央に表示されて肝心の映像を見ることができません。さらに、ろう者の用いる手話は日本語とは異なる自然言語であるために、第二言語である日本語字幕は理解に時間がかかります。遅れて表示されて一瞬で消される字幕もあります。手話通訳があれば、リアルタイムで楽しめます。

ろう者が、「日本語が苦手」とつぶやいたら、「あなたの書いているのは日本語ではないですか?」という応答もあったとのこと。「日本手話」が日本語と異なる言語であることを知らないからこその発言でしょう。私自身も、つい数年前に知りました。外国人診療に役立つ「やさしい日本語」を医療者に普及する取り組みの中で、手話通訳者にとっても「やさしい日本語」は通訳しやすいと聞いたのがきっかけです。ろう者が就職した際、第二言語である日本語の不自由さのために、能力がないと誤解され簡単な仕事しか与えられなくなる例があるというのも、同僚に聞いて初めて知りました。

知識がないために、差別が存在しても、また自分自身が差別している側にいても気づかないというのは、悲しいことです。ニュージーランドの公用語は、英語、マオリ語、手話です。わが国も、手話通訳による情報保障が当然の社会となったら、それは「東京五輪のレガシー」として後世に伝えられることでしょう。

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