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読書のコツはページを開く前に勝敗の8割が決まる

>> ページを開く前に勝敗の8割が決まってる。
>> 筋トレは重量表示されていて難易度がわかるのに、読書は本の内容による難易度を提示してくれない。

これは作家の森博嗣も著書読書の価値の中で語っている。

読者の能力に依存している、その最たる部分が「読む本を選ぶ」という行為にあるのは自明だ。

森博嗣 - 読書の価値

動画の冒頭で小説には当てはまらないと発言されてたが、森博嗣は小説を含めた上で同じ事を言っているので、動画の主張も充分に汎用性が高いだろう。
読書は筋力と言われるが、自分もネットニュースやSNSは遅刻の時に走るだけ、読書はランニングやマラソン、と比喩したし、善く言われる比喩である。


>> 映画は見る前から予告で雰囲気や難易度がわかるが、本は事前情報で判断つきにくい。
>> 音楽も読書と同じでポップスしか聞かない人には他のジャンルが難解な場合がある。

これも森博嗣は似たような事を言っている。

本は、幸い短い時間で簡単に手に入り、しかも、もの凄く広範囲に、果てしなく多様なものが用意されているのだ。こんな商品はほかに例がない。本だけが特殊なのだ。

森博嗣 - 読書の価値

これの裏返しが、本の難易度がわからない、という事になる。

>> 出版社による傾向の違いを気にするのは業界人だけ。
>> 映画の配給会社を気にしないのと同じ。

いやいや、例えば漫画や音楽も出版社やレーベルによって毛色があるし、それと同じく出版社や配給もそれなりに気にするぞ。
とは言っても、作家や監督こそが重要で、それらに比べたら出版社も配給会社も影響力は小さいけれど。

>> 翻訳物は読書筋力が割増

自分は読書の入り口が、翻訳ミステリィに影響を受けた森博嗣のすべてがFになるだったので、余程古い作品でもなければ気にならなかった。
SF映画やアニメが好きなので、その延長で小説も読むが、SFも翻訳物が人気や名作の中心なので読まざるを得ないし、実際に抵抗は無かった。

>> 初心者はおすすめ本を読むな!
>> まずは薄い本を選べ。

動画では中高生レヴェルの本を推奨しているが、小説ならラノベだね。
今ならなろう系だろうか?
でも自分は昔、本を読めないと恥ずかしいという動機からスレイヤーズを読んだけど挫折した人間なので、それでいて後年、それより厚く長いすべてがFになるを読めたので、これはもう相性というより無い気がする。

>> 絵本も含めて、子供向けでも読者を舐めてない本を読め。
>> 読書慣れしてても、入り口に絵本はあり。

これはどんな分野でもそうだね。
所謂、子供向けと子供騙しの差。
趣旨とは違うが、自分はアニメカウボーイビバップが好きで、佐野洋子の100万回生きた猫が引用されてて、自分は未読だったので買って読んだ。
絵本も絵本で充分に成人にも価値がある分野。

>> リアル本屋に行って欲しい。
>> 理由は、頁を開いて確認しないと文字の大きさや雰囲気がわからない。

これ確かに最初はそれがいいかも。
時代的に、自分は最初まだ本屋しか無かったから慣れ親しんで疑問を持たなかったが、今の世代は通販が基本だろうし、より入り口の難易度が上がっているのか。

>> 本は1日200本の新作がある。
>> だから絶対に自分に合う本がある。

新作のペースは知らなかった。
売れない売れないと言われる分野なのに凄いな。
ところで、これに触発されて、他のジャンルではどうなっているのかFelo先生に聞いてみた。
それが以下。

各ジャンル1日あたりの新作まとめ by Felo

文字通り本は桁違い。
ついでに、各市場規模のまとめも頼んだ。

各ジャンルの市場規模 by Felo

本が売れないと叫ばれて久しいが、ゲームに次ぐ2位でほぼ同等とは。
読書離れってほんまかいな?

>> 東大の特任講師に訊いた「新しい分野の研究はどうやって始める?」の答えが「中学生レヴェルの簡単な一般書から読みます」
>> 読書し慣れてる人ほど入門書を重宝する。

これは救われるね。
本を読み慣れている専門家でも、新境地は入門書から入る。
だから、文字が大きくて簡単な本でも馬鹿にされてると思わずに堂々と読めと。

頂き女子とカーマスートラを関連づけるくだり、発想の種はあったという話だが、森博嗣も同じ事を言っている。

いつでも検索できるのだからと頭の中に入れずにいる人は、このような発想をしない。(中略)頭の中に入った知識は、重要な人間の能力の一つである。

森博嗣 - 読書の価値

>> 読書家は読書が上手いのではなく、世の中を面白がるセンサーが敏感。
>> 読書量や記憶力が優れているのではなく、知識欲がある。

これも森博嗣が言ってる。

一般に、アイデアが豊かな人というのは、なにごとにも興味を示す、好奇心旺盛な人であることが多い。これは、日頃からインプットに積極的だということだ。

森博嗣 - 読書の価値

>> 動機は、本気でやりたい事がある。

やはり、これに尽きるのだろうか。
自分は学歴底辺だが、知的好奇心はあり、その結果として読書に落ち着いた。

>> 本を読む前にゴールを設定する。
>> 書いてあったら嬉しい事を想像する。

これ、速読のコツでも言われる。
目次を読んで目標を定めて内容を想像する。
これも読書の王道だね。
ただ、個人的に速読は嘘だと思っているけど。

>> 番組ゲストの本は読めるし定着する。作者に対する質問など目的があるから。
>> 常にネタを探してる。1冊に1ネタあれば儲け物。
>> 粗探ししてたら「深く読んでる」と褒められた。

これも趣旨は同じで、要は目的意識があるかどうかよね。
例えば、女にモテたいからバンドを組んでも良い。
その結果として演奏や歌がうまくなれば儲け物。

>> 本は高い問題。
>> 1時間4000円の講演と比較してコスパが良い。

講演との比較は考えつかなかったけど、本は実際に高くなったよ。
自分が好きで読んでるシリーズ、京極夏彦の巷説百物語シリーズなんて、1999年の1作目は1900円なのに、2024年の完結巻なんて4000円だからね。

>> 著者と1時間話すより、著作を1時間読んだ方が情報の密度が高い。

これは贅沢な話だ。
著者と話せる機会なんてほとんどの人が得られないのだから、情報以外の経験として評価しといた方が健全ではないか?

>> 全人類、本を書いて欲しい。
>> そうすればその人の予習が楽。

これは今ではブログやSNSが果たしてる役割かな。
出版なんて特権なのだし。

>> 仕事や子育てで忙しい人が本を読めない理由。疲れて認知能力が低い時に難しい本を読もうとしている。読書慣れしている人は、自身の状態と相談して疲れてる時は簡単な本を読む。
>> 難しい本は朝に読め。余計な事を考えずに済むから。
>> 忙しいと息抜きで本を読めない。
>> 読書に慣れてる人は隙間時間に刻んで読めるようになる。
>> ただし刻み読みに学術書(専門書)は無理。
>> だから読書家は鞄に3冊難易度の違う本を入れて持ち運ぶ。

本を読み慣れない人は、これ1冊と決めて買って読むから、融通が効かないのはしょうがない。
自分は持ち運ぶのは1冊だけだが、その時に読みたいとテンションが上ってる本を選ぶ。
自分の分野の専門書は基本的に持ち運ばず家で読む。
所謂、刻んで読める本しか持ち運ばない。
正直、トイレにまで本を持ち込むのは理解が出来ない。
自分は月に最大3冊程度の頻度なので、大分彼らと基準が違うなと思った。

>> 読んでわからないのは自分のせいじゃなくて本のせい。
>> 自分を責めるな。
>> 映画も漫画も金出して見てつまらなくわからなければ作品に怒るのに、何故か本は消費者である自分を怒る。

これは目から鱗だった。

>> 専門家の書く難しい一般書は、編集者が作者に直してくれと連呼して、編集者に直接修正させられるように仕向ける。

>> 理系本は分類を先に書く前に、分野の面白いポイントを書け。
>> これは作者じゃなくて編集者の仕事。

>> 現代の最高の◯◯が書いた本を読んでつまらなかった場合、自分を責めてしまう。
>> 第一人者が書いた本が面白いとは限らない。

>> 本の内容を忘れるのは正常。
>> 細部を忘れることで一般化が出来る。
>> あれとこれが繋がった、という発見は忘却の恩恵。

小説で登場人物が憶えられない話は森博嗣も得意。
自分の場合、主人公など頻度が高いキャラと、印象的な場面などのキャラは憶えられるが、今後出番があるかどうかわからないキャラは全然憶えられない。
巷説百物語の完結作である了巷説百物語を読んだ時も、過去作の登場人物で憶えていないキャラが多数いて困った。

>> 忘却は後退じゃなく前進。

森博嗣はアイデアにメモを取らない。
忘れるくらいなら、その程度の価値しかなかったんだと判断する。
正直、自分にはそういう思い切りはない。
何かを思いついたら、取り敢えず書いておきたくなる。

>> 面白い事でも忘れる。

自分の場合、例えば旅行だと、何で何をしてどういう事が起きたかは割と具体的に憶えているけど、他人の服装が全く憶えられない。誰それがあれをした、という行動は憶えられるが、服装は無理。
テッドチャンの息吹が例に出てきて笑った。
最新作まだかな。

>> 憶えたい箇所は頁の端を折る。
>> その後、再読を兼ねて折った頁だけパソコンで記録する。
>> 理解せずに読み進めて良い。ただ読み返しやすいように目印をつける。
>> 読書とは自分用に編集する作業。

所謂、ドッグイヤーって奴。
自分は折らずに付箋を貼っている。

そして——
1)iPadのテキストエディタ(プレーンテキスト)に気になった箇所を書写して感想を書く。
2)それを見ながら手書きで紙のノートに気になる点を書写する。その際に、語彙や内容が変わっても良い。絵を描いたり自由に書く。
3)iPad(デジタル)と紙ノート(アナログ)を見ながらブログnoteを書く。
——こんな感じ。

>> 本の内容で1つでも憶えて語れれば、さも全部を読んで理解したかのように振る舞える。
>> 読書メモは読み終わってすぐである必要はない。数ヶ月後に内容を忘れてて何かの契機で書いても良い。
>> その契機のために出力アウトプットの機会を持つ。友人と話したりブログを書いたり。

これも善く言われる事で、誰かに教えると、自分の理解も深まる。
だから、常に誰かに教えるつもりで話したり書いたりすると良い。

>> 最後まで読めない問題。
>> 最後まで読む必要なし。
>> 主導権は読者にある。

これも読書慣れしてるとあるある。
自分の場合は最後まで読む。
ただし熟読はしない。
読み飛ばして、最後の頁近辺と後書きだけ読んで終わる。
そもそも、自分はピークエンドの人間なので、本を読み始める時も、最後の頁と後書きを読んでから頭から読み始める。
これだけで、終始登場する情報の選別も出来るし、最初に読む場所が初頭効果で記憶しやすくなるから、要点を掴みやすい。

>> 誤解こそコンテンツの本質。

これカウボーイビバップの監督である渡辺信一郎が言ってた。
勘違いは重要。新しいものは勘違いから生まれる。

>> プロとアマの境界線。
>> アマは全部を理解されたがる。プロは誤解を恐れない。
>> 売れない作家の条件は注釈が異様に多い。

プロアマの理解されたいされたくない問題は同意するけど、注釈に関しては何とも言えない。
というのも士郎政宗という注釈魔神がいて、その攻殻機動隊は最高に面白いから。
でも確かに原作はジャンプ系に比べると売れてない。
少なくともランクインするほどの一般性は全く得られていない。

>> 映画メッセージの感想

ドゥニヴィルーヴ信者でありテッドチャン信者でありSF映画好きとして扱いが軽すぎて怒りゲージマックス大蛇薙
個人的に私的映画ベスト3に入る名作。

>> VtuberやYoutuberの気楽さが良い。
>> 本は手間暇かかってるので気楽に消費出来ない。

これは自分は全く理解が出来ない。
自分は、自分が及ばない天才の仕事だけにもれていたい。
だから素人臭いものは嫌い。
だけど、世間では、特に日本では幼さこそが好かれる傾向がある。
アニメキャラやらアイドルやら。
10年100年と愛される偉大さにしか興味ない自分としては馴染めない文化。
だから本を読める。
場合によっては何百年前のすげえ事も知られるから。
あまり短期的な物事に興味がない。
だから音楽とかもポップスよりもクラシックやジャズなど歴史を重ねた要素の多いものに惹かれる。

お笑い好き同士が集まりお笑い番組を見ると、集中の邪魔になるから笑い声あげないでって話は笑った。
本末転倒だし、男の悪い文化が出てる。

>> 読書は社会的に良い扱いをされている趣味。
>> それに胡座をかいていると衰退していく。
>> 楽器は読書と比べると役立つとは言えない?
>> 音楽は出来なくても許されるのに、読書は出来ないと許されない雰囲気。

読書とは別に、楽器も脳に良いという論がちゃんとある。

自分もピアノを弾くが、確かに学歴とは結びつかないたぐいだけど、人生を豊かにする文化だと思う。
それと、素人でも楽器を楽しめるようにした話は、とても良い話だ。
2020年に、コロナの自粛が苛烈な時期に、菅野よう子がインターネットセッションを企画して、楽器演奏出来る人は勿論の事、音楽に無関係な、何かわからんがおもろい映像まで募集して、音楽をやらない人でも楽しめる企画を菅野よう子が立てた。

それを思い出した。
ちなみに、自分はこの中で採用された1人である。
懐かしい。

楽器演奏は読書よりも人口が少なく肩身が狭い。
本よりも高い環境の防音や楽器が必要だし、下手だと叩かれるか無視されるし。
音楽という娯楽が人類共通なのに、何故か日本では人口が少ない趣味
個人的には、読書と同じく、みんな楽器も気楽に触ろうよ、と思うが、現実は非常である。
長調と短調なんて意味ない発言はおもろすぎる。
段落や句読点をいらないと言っているようなものだぞw

>> 音楽と違い読書、文字や言葉は生活に不可欠。だから音楽と違い出来ないと恥ずかしいと感じてしまう。

なるほど。
確かに自分も読書を始めた理由は仕事で文章を書く必要に迫られたからだ。
良くも悪くも人類の多数派が言葉に依存している。

>> 読み書き障害ディクレクシアは学校の音読をトラウマがなっている。

自分は障害には当たらないが、確かに読み上げは嫌いだった。
子供の頃は本を読めず外で遊んだりゲームしたり漫画を読んだり工作したり積極的な性格だったが、所謂学歴に繋がる分野は全く駄目で、読み上げもその1つだった。

>> 社会的な書類のやりとりに文字は必須で、だから読書せず文字情報に疎いと軽く扱われる。
>> しかし、それは間違っている。
>> 極論、読書せず音声媒体でも問題ない。
>> 日本は文字を読める人種に有利な社会。
>> 書き言葉と話し言葉が違う問題。
>> Audibleなどのサービスは書き言葉じゃなく話し言葉にしてほしい。
>> 出版業界は高学歴で、文字を読めない人の気持ちがわからない。
>> 本を読まない人は本を作りたいとは思わない。つまり人種が偏る。
>> 読書を本能で出来る人はいない。経験の賜物。
>> 故に、生まれた家に本があると圧倒的に有利。
>> 読書には生まれた瞬間に決まる格差がある。
>> 本の種類に貴賎は無い。読みたい本を読め。
>> 読書は思考の材料で主体ではない。

自分は、自分の分野の専門書も読むけど、坂本真綾の軽いエッセイも読むし、京極夏彦のオタク丸出し小説も読む。
結局の所、読む契機さえ掴んで読めば良いと思う。
どんな本でも良い。
その上で、月に1冊は読む人間が6割くらいになれば良いと考えている。

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