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小説『丼とburger』草稿 田辺篇⑤

「お待ちしておりました」満面の笑み。
 楽しみにしていた、という気持ちが分かりやすく現れているご主人の笑顔。
 足早に厨房に案内してくれる。といってもカウンターの向こうの板場とすぐ奥のコンロだ。
「よろしくお願いします」撮影のセッティングをする。
 蓬莱鮨。駅前の商店街の並びに昭和の頃からあるあるな、感じ。ビルの1階の小さな屋根の付いたファサードの寿司屋。大きなガラスのショーウィンドウには料理のサンプルがいくつか並べられ、和風の木質アルミサッシの自動ドアの入り口。あがら丼ののぼりに惹かれて入った。
 この店の4種類あるあがら丼から「漬けカツオと釜揚げしらすのすし丼」と、「太刀魚のふっくら照り焼き丼」をバーガーをするのを撮影したいとお願いした。
 漬けカツオと釜揚げしらすのすし丼は、丼によそった酢飯に錦糸卵が敷かれ、その上に漬けカツオ、釜揚げしらす、きゅうりが、ちらし寿司風に載せてある。上には三つ葉、横にガリが添えてある。
この丼を食べながら、バーガーを夢想した。
 いつもの一汁三菜の見立て。
 焼物・煮物・向付の三菜の因数では、焼物は漬けカツオを揚げ物にし、煮物はしらすを使ったソース、向付はきゅうりと三つ葉、と考えた。
 鰹の漬けはフィッシュフライにする。それにかけるソースはタルタルソース。錦糸卵を茹で玉子に変更してタルタルに。その中にしらすを混ぜる。パーツができたら、次はビルド(組み立て)。
 バンズのヒールをバターで焼いて、薄くスライスしたきゅうりを敷いたら漬けカツオのフライを置く。その上に三つ葉を置く。しらすと刻んだガリを混ぜ込んだタルタルソースをかけ、バンズをかぶせたらできあがり。
 けっこうわかりやすいフィッシュバーガーができた。我ながら上手くパーツがはまっていると思う。(あくまでも空想です)
 そんな僕の妄想レシピに対しての、ご主人の提案。
「漬けカツオは、フライではなく、唐揚げにしましょう。あまり衣が主張しないように。衣が外はカリッと中はふわっとするフリットのようなテイストのほうがいいかな。片栗粉と卵で作りましょう。漬けカツオの身は、生を残す火加減で揚げます。
 では、作りましょう」
 まず、衣をつけたカツオの漬けを油に投じる。
 次にフライパンでバンズをバターで焼く。
焼け面にマヨネーズをぬり、薄くスライスしたきゅうりとガリを敷いていく。
「このきゅうりはお酢に漬けてあります。ガリはお寿司に付いてるあのガリです。千切りにします」
 そこに揚げたての漬けカツオの唐揚げを乗せる。
「この上にのせるソースが、これです」長方形の茶色い寒天のようなものを取り出して見せてくれる。
「ソース?煮凝りですか?」
「寒天で固めたダシ汁です。このソースは、丼に添えるお椀の澄まし汁にお酢と砂糖を加えて甘酢風にし、しらすを入れて軽く煮て寒天で固めてあります。熱が加わると寒天が溶けてとろみのあるソースになります」
 ご主人は、寒天を1センチ弱の厚さにスライスして、揚げたて熱々の唐揚げの上に乗せる。途端にその固体が溶け始める。
 なるほど…これはアイデアだ。キッチンカーとか屋台で出す時のソースに手軽で便利だな。常温では固まっていて、熱が入ると溶ける。バーガーだと液体ソースでは流れてしまうのでトロミが欲しくなる。これは使える。
 錦糸卵と三つ葉を乗せて、バンズのフタをして出来上がり。
 ブツ撮りをして、冷めないうちに試食タイム。
 ひとくち。
「あっ、美味しい」
 それと、「なるほど 」納得感。
 酸味がとても効いている。
 きゅうり酢、ガリ、マヨネーズ、寒天ソースの甘酢。酸味を活かした和食になっている。
 そうか、バンズか。ラ・ジモーティに特別に作ってもらったケフィア酵母の甘味と酸味のあるバンズもピッタリ合ってる。おすしだな、と独りうなずく。寿司の酢飯の代わり。酸味を活かしたパン料理だ。お寿パン!(苦笑)
 そしてその脇役たちによって立てられる主役、半生のカツオの漬けの美味しいこと。パン食できっちりと刺身を食べさせてくれる。これはフライのフィッシュバーガーとは全く異世界、異文化のものだ。
 それから、甘酢ソースの中のしらすや錦糸卵の旨みも、カツオを盛り立てている。
 本当に、素晴らしい組み立てだ。くどいようだけど、パン食だけど和食。漬け寿司がバーガーに。丼to burgerがここにある!と感動した。
 なんて意味のことを、ひとり盛り上がってくっちゃべってるコメントも撮った。

 そして、もう一品。
 太刀魚の照り焼き丼。
 このバーガーは、もはや丼の原型を留めていなかった。超魔改造の世界へ入っていた。
 ご主人はこれを見せたくてワクワクしていたんだ。
 それは、僕が電話で、龍神椎茸を使いませんか?と相談を持ちかけたことが始まりだった。

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