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『裸で泳ぐ』 伊藤詩織 散漫さが生み出すエネルギー

性被害を受けたことを実名顔出しで告発した伊藤詩織さん。『裸で泳ぐ』はその伊藤さんがこの1.2年で思うことをつづったエッセイです。

私自身、こうやって「性被害」という言葉で書きだしてしまうほど、著者に対しては「性被害」「告発者」というイメージが強く、さらに誹謗中傷に関する裁判(杉田水脈議員に対する「いいね」裁判など)にも、正直「やり過ぎじゃないか?」と、あまりいい印象は持っていませんでした。

が、それは先入観にほかならない。伊藤詩織さんってどんな人なんだろう? という興味からこの本を読んでみました。

『裸で泳ぐ』の内容紹介

あの日二五歳だった私はいま、三三歳になった――。事件、そして声をあげて、「それから」の日々を綴った待望のエッセイ集。突然、心の奥底で解除された感情。繊細でしなやかな友情。家族との時間。生まれていったつながり……日本の#MeTooを切りひらいた著者が、「ただの自分」の声を見つけるまで。

岩波書店HP

評)この散漫さこそ伊藤詩織の魅力なのかもしれない

日記のような文体で自分の思いが綴られている本書。たびたび作るという「死ぬまでにやりたいことリスト」には海外で成し遂げたいことがたくさんあり、想像以上のアグレッシブさに驚いたり納得したりしながら読み進めました。

自身「多動気味」と表現するように、ひとところにとどまっていることができない著者。本書の話題も子ども時代の話、家族との話、同棲予定だったパートナーとの別れ(この話、良かったです)、海外でマラリアに罹った話(この話、衝撃でした)、ペットの話、支えてくれる友人の話など目まぐるしく変化します。そして、そこに常にある性被害のフラッシュバック。

書いているときの気持ちも、迷いや怒り、そこからの回復などさまざまな思いを行ったり来たりしたことでしょう。性被害の告発によって大きな注目を集め、誹謗中傷にさらされる日々が穏やかだったはずがないのです。「サバイブ(生き延びる)から生きるへ」という心境の変化に、「この人、よく死ななかったな、頑張ったな……」という思いがこみ上げてきました。

正直、話題も文章もとっ散らかっているし、会見で見せたキリッとした印象(これもただならぬ緊張がゆえのもの)とは程遠くジャーナリストっぽくもない。ん?ジャーナリストっぽいってナニ?これってエッセイだし、と、本書の”散漫さ”に翻弄されっぱなし。

が、その”散漫”という印象から「ガードが低い。だから性被害にあったのだ」と関連付けたり、「やっぱり売名じゃないのか?」と疑ったりするのは明らかにオカシイ。本書が放つ散漫エネルギーが、そんな当たり前のことを気づかせるのです。

もう一つ意外だったのは、食べる話が多いこと。よく食べ(激辛!)、よく飲む(ワイン!)。これも伊藤詩織さんのエネルギーなんだなと思いました。

私のレビューもずいぶん散漫になりましたが、伊藤詩織さんのエッセイ『裸で泳ぐ』おすすめです。



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