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最近読んだ本の感想 「手紙」(東野圭吾)

東野圭吾 「手紙」

手紙は、刑務所内の兄から弟へ宛てたものだった。その手紙が弟を苦しめていく。

両親を亡くし兄は、弟の進学のことばかり考えて働きづめだった。しかし、大学へ進むためのお金は準備できていなかった。まとまったお金を用意して弟を安心させるため、彼は強盗をはたらいた。そして家人にみつかり殺してしまう。
刑務所にいる兄から月に1通手紙が届くようになる。

加害者家族(弟、直貴)の物語。刑務所にはいった兄がいることで直貴は、世の中から差別されていく。そして仕事も自分の夢もうばわれていく。

アルバイト
同級生は大学合格がきまり、直貴がアルバイトで働く店にやってきた。未成年で飲酒していた彼らに「彼は家庭の事情で大学にいけないんだ、(直貴君に)失礼だろ」と店長が注意すると
「だって兄貴が殺人犯だもん、しょうがねえよ」
店長やお客がいるなかで、自分だったらそんなこと絶対言わない。
でも、<憎まれっ子世にはばかる>
こういうことを言ってしまう人が、どこの社会にもいるんですよ、確かに。
そして直貴はその店を去ることになる。


その後、苦労して大学の通信教育部にはいることができた。
勉強できる喜び、その結果が評価される喜びを感じていた。偶然出会ったバンドマンは、直貴の歌声に惹かれ彼をメンバーに迎えいれた。順調にライブ活動を続け直貴も充実した日々を送っていたが、デビュー前に音楽会社の身辺調査で兄のことが明るみにでて、直貴はやむなくメンバーから外れることになる。

恋愛
乗り気でなかった合コンで知り合った朝美(資産家の一人娘)との交際は順調だった(どちらかというと朝美のほうが積極的だった)が、朝美と直貴が彼の部屋にいたとき、交際をやめさせようと従兄がのりこんでくる。ちょうどそこへ手紙がとどく。1通は刑務所にいる兄からのものだった。これで従兄に兄のことがばれてしまう。そして、朝美との交際はおわりとなってしまった。

直貴は兄を恨みそうになるが、「いつものストーリーさ」とあきらめるしかない。
度重なる受難にあきらめの境地、読んでいて、単純にかわいそうと思う。努力しても、誠実に行動しても、結局かなわない。どうしても兄の呪縛から逃れられない。

仕事
事情を隠し、なんとか就職した会社(家電販売会社)でも、店で盗難事件が発生したことにより警察捜査の過程で直貴の隠し事が公になってしまう。会社は直貴をやめさせはしなかったが、別の部署へ異動となった。

唯一の救いは、リサイクル会社に勤めていたときに知り合った由実子が、彼の境遇を知った後も、彼から離れていかなかったこと。

直貴には、何の罪もない。しかし兄のことで世間からは冷たい視線をうけたり、仲間はずれされたりしてしまう。物語のなかの一般市民も、おおかたの読者も同じ対応をしてしまうだろう。
人は、人とのつながりをもって社会生活を送っている。直貴のような場合、逆境にたえながら少しづつ、少しづつ進めて人の信頼を勝ち取っていくしかない。だが安らかな生活を送れるようになっても、つねに不安がつきまとう。

もし身近に直貴のような人物が現れたとして自分はどう対応するだろうか。きっと以前よりその人を理解しようとすると思う。でも、やはりできるだけ遠くにいようとおもってしまうのではないか。その人に罪はないのだけれど。

慰問
直貴の好きな曲は「イマジン」(ビートルズ)。反戦の歌といわれている。最後に昔のバンド仲間と1日かぎりのバンド(イマジン)で刑務所慰問で歌うことになった(そこは、兄がいる刑務所)。兄が舞台にいる直貴に向かって合掌をしている姿をみて、直貴は歌えなくなってしまう。それまでの数々の受難、兄が直貴を思ってくれていたこと、兄からの手紙のこと、それらがうずまき直貴は混乱していた。

東野圭吾といえば、スリルとサスペンスと思っていたけれど、加害者家族の苦しみ、市井の人々の葛藤を読者になげかけるような小説も書かれるのですね。名作だと思いました。

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