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【怪談屋10】開閉音

※音声配信など、朗読に限り使用自由です。

魂は上りて神となり、魄は下りて鬼となる。
そして、百の物語が紡がれし夜、何かが起こる。
私の体験を記したものや、知り合いになった人から聞いたこと、あるいは創作など。

今から5年ほど前の話になる。
金子さんの家は、二階建てだ。もともとあった古い家を取り壊して建てたそうだ。当時高校生だった金子さんは、この家が何故か気に入らなかったという。

なんとなく暗い気がするし、建物自体は新しいはずなのに、時々どこかから軋むような音がする。

ある朝のことだった。
金子さんがいつものように二階の自室で寝ていると、一階から物音がした。

がちゃ、という音に続けて、ばたん、という音。
何かの開閉音のようだった。
両親は共働きで、二人とも朝が早かった。きっと出掛ける支度でもしているのだろう、と思った。
再度、開閉音が鳴る。
(ああ、レンジか)
金子さんは思い当たった。食事の支度だろう。いくつかあった昨日の残り物を温めているのだろうか。
再びうとうとし始めたとき、また音が鳴った。
がちゃ、ばたん。
(……ん?)
金子さんは、ふと抱いた違和感を無視できず、眼を開けた。外は明るい。明るすぎる。
時計を見ると、そろそろ目覚ましの鳴る時間だった。つまり、両親はとっくに出掛けている。

がちゃ、ばたん。

またレンジの開閉音が鳴った。けれども、それに続くはずの、聞こえるべき音は聞こえない。なんとなく時計に手を伸ばし、金子さんはカチリ、と鳴動前の目覚ましを切った。

がちゃ、ばたん。

金子さんは布団に潜り、思考を巡らせる。
……あの音は何だろう?
明らかに、レンジを開閉する音だ。けれども、誰かがレンジにものを入れたのなら、スイッチを押すはずだ。なぜ、その音はしない?

1階に行こうか布団の中で迷っているあいだも、ずっと開閉音は鳴っていた。何か、可怪しなことが起きている……そんな気がした。
しかし、起きないわけにはいかない。すっかり目も覚めてしまい、結局、意を決して起き上がった。心細いので携帯電話を持ち、足音を殺して階段を降りる。

玄関の窓から、光が射し込んでいた。リビングを振り返ると、玄関とは対照的に薄暗い。
リビングのドアは半開きだった。

がちゃ、ばたん。……がちゃ、ばたん。

レンジの開閉音は続いている。
金子さんは、覗き込むようにリビングのドアに近付き、中を伺う。

電気の消えたリビングの中に、何者かの背中が見えた。
背広のような服を着た男。頭に被っている帽子から、タクシー運転手の制服のように見える。
その男は左手をだらりと垂らしたまま、右手でレンジの扉をがちゃ、ばたん、と繰り返し開閉していた。
異様な光景だった。見知らぬ運転手がレンジを開け閉めしている状況もそうだが、制服の色も、男の肌の色も、不自然な程に褪せて見える。
──灰色の鉛筆画のような背中だった。

金子さんはその人影を置いて、家の外に出た。
急いで携帯電話で警察を呼び、すぐに家の中をあらためてもらった。
不審者を連れ出すつもりで来た警察だったが、誰もいないことを確認すると、見間違いじゃないか、と金子さんに問う。

帰って来た両親にも責められ、納得のいかない金子さんはそれからしばらく友達の家に入り浸ったそうだ。
大学に入ってからは独り暮らしを始め、そのまま近場で就職が決まった。

両親はまだ、その家に住み続けているという。

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