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【怪談屋05】警告

※音声配信など、朗読に限り使用自由です。

魂は上りて神となり、魄は下りて鬼となる。
そして、百の物語が紡がれし夜、何かが起こる。
私の体験を記したものや、知り合いになった人から聞いたこと、あるいは創作など。

宮倉さんの家の近所には以前、ファストフード店があった。出勤する前によく立ち寄っていて、朝のうちにやるべき仕事や、届いたメールをそこで確認していた。
マンションの1階に間借りしている珍しくもないチェーン店だが、コーヒーは安いし、24時間営業ということもあって、薄暗い早朝でも気がねなく使えるのは都合がよかった。

5年ほど前のある日、宮倉さんは早くに目が覚め、例によって出勤前に店へ寄ることにした。

時刻は、五時半。ひとけの無い店内で、宮倉さんはその日も、いつもそうするようにベーグルサンドとコーヒーを乗せたトレイを持って、全面ガラス張りの壁際の席に、外を向くかたちで座った。

軽食それ自体は、別段美味しいわけでもない。機械的にベーグルを頬張ると、コーヒーを飲みながら手帳を見て、予定を確認する。毎日20通近くメールが来るので、どうしても暫くはノートパソコンとにらめっこすることになる。
それで、気がつかなかった。
「ィ……ろ」
くぐもった声が聞こえて顔を上げると、ガラスの向こう側に見知らぬ男の姿があった。目の前に棒立ちする男は、身じろぎひとつせずにこちらを見ている。
突然の事に、うわっ、と声が出た。固定式の座席の上で、身体だけが大きくのけぞる。
男は、置物のように微動だにせず、しかし険しい表情で、何事かを口走った。
くぐもった声で、今度は明確な言葉を発する。
「……にげろ」

宮倉さんは気味が悪くなり、閉じたパソコンと手荷物をひっつかみ、席を立った。まっすぐにレジへ向かい、誰か、と声をあげる。変なやつがいる、と窓際を指差す宮倉さんを見て、店員はきょとんとした。
誰もいなかったのだ。

どうかしたんですか、と店員が怪訝な顔をした。
その、すぐ後のことだった。
突然、がぁぁん、と音がした。
ガラスを車が突き破り、フロアの中央にあるカウンター席にまで入ってきたのである。
女性のドライバーのシルエットが見えた。慌てている様子が分かるが、アクセルを踏み続けているのか、カウンター席がバキバキと音を立てて押されている。
店長とおぼしき人が出て来て、大きな声で叫ぶ。
それを聞いてか、ドライバーはエンジンを切った。60代くらいだろうか。
数分後、呆然としている彼女を警察が連れていった。
宮倉さんが店を出たのは、その15分ほど後のことだ。

幸い、怪我人は出なかった。警察に事故当時の様子を聞かれたが、その時にしっかり答えられていたのか、宮倉さんは覚えていない。

ただあのとき、男の警告に気付いていなかったらと思うと、今でも恐ろしくなるという。

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