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【怪談屋04】ヨミゴエ

※音声配信など、朗読に限り使用自由です。

魂は上りて神となり、魄は下りて鬼となる。
そして、百の物語が紡がれし夜、何かが起こる。
私の体験を記したものや、知り合いになった人から聞いたこと、あるいは創作など。

Tさんがまだ小さかった頃の話だ。

祖母が亡くなった、明くる年のお盆。
Tさんは双子の妹と共に両親に連れられ、東北の父方の実家に泊まることになった。山々に囲まれた田園地帯の古い家で、初盆ということもあり、親戚や祖母の知人たちが集まった。

これは、Tさん自身はほとんど記憶に無いのだが、後になって、その時にいた叔父さんに聞かされた話だ。
叔父さんによれば、盆を迎えてから終えるまでの5日間、どうも妹の様子が、少し可怪しかったのだという。

大人たちが故人の思い出を語らっている中、妹がふと姿を消すことがあった。最初にいなくなったとき、叔父さんと両親で家の中を探した。
結局家の中にはおらず、家のすぐ近くの農業用の用水路に身を屈めて水遊びをしている妹を叔父さんが見つけたのだった。
田園地帯であるため、家の近くのそこここには用水路があった。水深は浅いようにも見えるが、大人が落ちれば膝下くらいまで水に浸かる。
「勝手にいなくなったら危ないじゃないか」
「……ごめんなさい」
そんなやりとりがあって、聞き分けがいい子だと聞いていたから、もう遊びには出ないだろう、と叔父さんも思ったようだ。
しかし、妹はいなくなった。
いたのは、また用水路だった。
叔父さんは両親を連れだって、彼女を問い詰めた。
「どうしてあんな、危険な場所で遊ぶんだ」
すると妹は「おばあちゃんが」と、小さな声で言った。
「……おばあちゃんが、どうしたの?」
母親が問うと、彼女は短く答えたそうだ。
「よんでる」

──その後も妹の奇行は続いた。
大人が目を離した隙にいなくなり、決まって水場の近くにいるのだ。いちど、叔父さんが川の方へ向かう妹を呼び止めたとき、彼女が手にしていたものを見て背筋が凍ったという。
きゅうりに爪楊枝が4本、でたらめに刺してある。
齢五つにも満たない彼女が知るはずもない、精霊馬によく似ていたのだ。
「それ、どうしたの」
「つくった」
「精霊馬なんて、よく知ってるな」
「…………」
帰ろう、と叔父さんが手をひくと、妹はいやいやをするように身体を振った。
「おばあちゃんがこれ、もってこいって」

お盆が明けると同時に、妹の奇行は収まった。
親戚たちのあいだで「あの世で寂しくなった故人が孫を呼んだのでは」と噂になったらしい。
叔父さんからその話を聞き、Tさんは引っかかることがある、と口にした。
「自分で言うのもなんですけど、なんで私じゃなかったんだろう、と思います」
祖母は生前、双子のうちで専ら姉のTさんの方を可愛がっていた。だからもし「呼ぶ」としたら、Tさんの方を選ぶのではないだろうか。
けれども、黄泉からの声を聞いたのは妹の方だ。
それとも、可愛いと思うからこそ、連れていくのは「替わり」でいい、ということか。

Tさんは叔父さんに聞いた当時のことを、妹本人に訊ねたことがある。
妹にはただ、「覚えてない」とだけ返された、ということだ。

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