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伝統産業は持続可能か? | WHY & HOW by NOSIGNER Vol.05

「WHY & HOW by NOSIGNER」は、デザインファーム・NOSIGNER(ノザイナー)がお届けするソーシャルデザインマガジンです。いまデザインが挑むべき社会課題(=WHY)を毎回一つ取り上げ、その背景を掘り下げるとともに、NOSIGNERが関わっているプロジェクト(=HOW)についてご紹介します。


WHY #05:伝統産業の再興

衰退の一途を辿る伝統産業

新型コロナウイルス感染症が「5類」に移行されてから1年。今年のゴールデンウィークは行楽に出かけ、国内外の旅先で地域固有の魅力に触れる体験をされた方も多いのではないでしょうか。今回のニュースレターのテーマは、地域の文化や経済を支えてきた伝統産業です。

地域を支えてきた伝統的な産業は、少子高齢化や都市部への人口流出などによる人材不足、ライフスタイルの変化によるニーズの減少など、さまざまな要因から衰退の一途を辿っています。伝統工芸品の生産高はピークだった1980年代のおよそ1/5にまで落ち込み、いますぐ未来に向けて行動しなければ、世界に誇るべき日本の職人技は近い将来に途絶えてしまうという危機的な状況に追い込まれています。

伝統工芸品の生産高はピークだった1980年代のおよそ1/5にまで落ち込んでいる。


地場産業品・伝統産業品の購入経験率は50%にも満たないという調査結果も出ている。

近代化で失われた手仕事の価値

私たち人類は石器の時代からさまざまな道具を操り、身の回りのモノを自分たちの手でつくり出してきました。しかし、市場と産業革命によってモノを巡る状況は大きく変化します。市場の出現によってモノはつくり手から切り離されて流通するようになり、産業革命によって人間の手仕事以上の正確さと速さでモノをつくる機械が台頭し、一定のクオリティのモノが安価に提供される時代が訪れます。効率や合理性を優先するものづくりが主流となり、ハンドクラフトの価値は急速に失われていったのです。
さらに、物流やインターネットが整備され、地域を超えてモノや情報が流通するようになったことで生活は便利になりましたが、伝統工芸をはじめ、地域内の循環で成立していた産業の多くが衰退している現状があります。

伝統産業を未来につなぐために

職人たちの手仕事によって支えられてきた伝統産業が途絶えることは、我々の文化にとって大きな損失であり、一度失われた産業や産地を取り戻すことは非常に困難です。伝統産業に未来につなぐために、私たちデザイナーには何ができるのでしょうか。
広島県の熊野筆が、毛筆の需要が減少を受け、化粧筆という新しい領域に歩みを進め、世界トップの化粧筆ブランドとして認知されるようになったように、ハンドクラフトが持つ本質的な価値を見極め、時代に合わせて産業構造やターゲットをシフトさせるクリエイティブディレクションや、新たな売り場を開拓するためのコミュニケーションデザインは非常に有効です。また、ハンドクラフトを次代を担う若者にとって魅力的な表現の場としてプレゼンテーションしていくことも必要でしょう。
人類が創造性を持って生きていくための大切な手がかりとなっていた手仕事を再評価する機運が世界的に高まっている中、こうしたムーブメントをアシストしていくデザイナーの役割は今後ますます高まっていくはずです。


HOW#05:越前漆

岐路に立たされていた越前漆器

福井県鯖江市で生産されている越前漆器は日本最大規模の漆の産地であり、1500年の歴史を持つ伝統工芸品として知られています。現在の越前漆器には、高い技術力を背景にした本漆塗の工芸品と、全国のおよそ8割のシェアを占める旅館や飲食店向けの業務用漆器という2つの顔があり、複合的な産業構造を抱えながら、日本最大の漆器産地の地位を保ってきました。しかし、かつては日本人の生活になくてはならなかった漆器も時代とともに衰退し、産業を未来に残すために新たな道筋を提示することが求められていました。

越前漆のシンボルマークは、禅における悟りの象徴である円相をモチーフにしており、同時に器にも見えるように設計されています。さらに、「ZEN」という文字が含まれている産地であることを明確にしたタイポグラフィによって、700年以上の伝統を誇る禅の道場「永平寺」に近い産地であることを伝えています。

「伝統」と「革新」に因数分解する

越前漆器のブランディングに携わることになった私たちは、本漆塗りの伝統工芸品と業務用漆器という異なる顔を持つ産地において、両者のポテンシャルを最大限活かすために、地場産業を「伝統」と「革新」に因数分解することをテーマに据えました。「伝統」軸の取り組みとしては、消費者が安心して本漆塗りの伝統工芸品を買えるように認証マークを設定。同時に、メーカーごとに行われていたブランディングをパッケージの共通化などによって統一し、アップセルを実現させました。

「革新」軸の取り組みとしては、漆塗りの技術をメガネや携帯電話、車などあらゆるプロダクトに活用し、「塗装」の産地となることで新たな産業の創出を目指しています。その一環で日本最大級のインキメーカーである東洋インキグループとともに、漆が日本に伝来してからの1200年間で最も黒い漆「ZEN BLACK」を開発。業務用漆器にかつてないほど深みのある黒を塗れるようになるなど、「塗装」の産地としての可能性を広げるプロジェクトに期待が寄せられています。

パッケージの共通化などを通じてメーカーごとに行われていたブランディングを統一。高級感のあるデザインによって10%の上代アップを実現しました。
製品の生地、機能、禁止事項などがひと目で判別できる「うるしピクト」を開発。多彩な越前漆器の製法や特性をひと目で見分けられるようにしたことで、目的や用途に適う製品を簡単に見つけられるようになりました。

苦境に立たされる漆産地の道標に

さらに製品の特性を表すピクトグラムを開発し、判別が難しかった多彩な越前漆器の製法や特性をひと目で見分けられるようにしました。売場での「うるしピクト」の実証実験では売上が20%増になるなど成果も現れ始めています。
今後も日本最大規模の漆の産地としての地位や価値のさらなる向上に努めていくとともに、「うるしピクト」をはじめとした新たな取り組みを積極的に発信し、先の能登半島地震によって多大な被害を受けた輪島塗をはじめ、厳しい状況にある全国の漆産地の道標となり、産業全体の活性化に寄与していくことを目指しています。

東洋インキが持つカーボンナノチューブ(CNT)分散体の技術と、漆職人の技術を融合させた「ZEN BLACK」を用い、千利休が愛した黒楽茶碗になぞらえた抹茶碗「禅黒碗」を制作しました。

NOSIGNERでは、0歳からの伝統ブランド「aeru」を創業期から支援し、ブランディングやデザインディレクションを担当しています。ロゴマークをはじめとしたグラフィックデザイン、伝統産業によって子どもの幸せを実現することを目指す商品の開発、店舗のデザインまでを一気通貫で手掛けています。子どもたちに伝統産業を届け、幼い頃から慣れ親しんでもらうことは、未来の顧客をつくることに他なりません。APEC加盟国・地域から選出された女性起業家を表彰する「APEC Best Award」を受賞するなど、伝統産業におけるソーシャルビジネスのモデルケースとして広く認識されるようになったaeruは、いまも伝統産業の市場を拡げ続けています。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

NOSIGNERでは、いま私たちが挑んでいる社会課題(=WHY)や、デザインの実践(=HOW)を毎回1つずつ紹介する「WHY&HOW」から、NOSIGNERの最新ニュース、代表の太刀川英輔による近況報告、スタッフ持ち回りコンテンツなどさまざまなコンテンツが満載のニュースレター「WHY & HOW by NOSIGNER」を配信中です。

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ABOUT NOSIGNER

NOSIGNERは、社会の各セクターを進化へ導くデザインパートナーです。デザイン戦略のプロフェッショナルとして、ブランディング・商品企画・空間設計・ウェブサイトのデザインなど様々な領域で国際的に評価されています。また、地域活性・まちづくり・脱炭素・気候変動・防災などの分野で豊富な知識と経験を備え、代表の太刀川英輔が提唱する「進化思考」を通して、創造的な組織や人材の育成活動にも力を入れています。


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