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編集者のデザイン力

「編集力とは何か」、企画力、取材力、発想力、表現力、文章力、デザイン力、各5回全30回の予定で書き始めたが、とり急ぎ駆け足でデザイン力まで終わらせることにする。

最近しきりと「デザイン思考」「デザイン経営」と言われるが、これは広義のデザイン。そういった本の受け売りだが「人々の問題やニーズを解決する方法を設計(design)する」ための考え方がデザイン思考で、「社内外の問題やニーズを解決する方法を設計(design)する」のがデザイン経営だ。「共感→定義→アイデア→プロトタイプ→テスト」というプロセスを繰り返すという。

例えば、ドライヤーを開発する時に、いまあるドライヤーで何が問題なのか、どうなったら使いやすいのか、ドライヤーを使う人のニーズを徹底的にヒアリングする。美容院で働き、毎日のようにドライヤーに触れ、どのように使われ、どのように保管され、何が問題で、どうであってほしいのか理解する(共感)。その問題点を共有し(定義)、それを解決する方法(アイデア)を設計する。試作品(プロトタイプ)を作ったら、実際に試し(テスト)、また問題を洗い出すトライ&エラーを繰り返す。

これは、まさに、「編集」と同じこと。雑誌で言えば、伝えたいこと、想いがあって、それを伝える方法を設計するのが、「編集」であり、「デザイン」である。読者が何を望んでいるのか共感から始まり、問題点を解決するアイデアを「編集」と「デザイン」で出しあい相乗的にアプローチする、いわば雑誌の両輪。そして考えてみると「ビジネス」も同じだ。人々が困っている、問題があるところには、ビジネスの好機がある。問題を解決するためのアイデアが、雑誌やモノ、サービスやヒットを生む。

オブジェクトの配置、色やフォント選びなど狭義のデザインを考える時も、広義の「問題解決のための方法」ということは当然前提になる。狭義のデザインは言葉以上にバリエーションがあるので、素人ほど何かしらやりたくなってしまう。商店街のチラシなどで、グラデーションが多用されていたり、無料のイラストがちょこちょこ入っていたりするのがいい例だ。解決すべき問題は何か、つまり「何を伝えるのか」、いつも立ち返るようにすると、狭義のデザインとしては自ずとシンプルで、わかりやすいものになると思う。狭義のデザインに正解はひとつではないが、「伝えたい何か」が伝わらなければ、そのデザインは不正解だ。

その上で、編集者が狭義のデザイン力を磨くヒントをいくつか挙げると、まず、ラフを描くこと。プロダクト、紙のメディア、映像の場合は特に、絵が下手でも、必ず描く。頭の中のアイデアを具体的な形にする意味でも、人とイメージを共有する意味でも、決して欠かせない過程だ。

写真を意識することも大切だ。「写真を見る目を養う」というと難しく感じるかもしれないが、問題解決のために「正しい写真」を選ぶ。例えばダイエット特集なのにバストアップの表紙では、どんなに「いい写真」でも正しくない。体のラインが美しく見える写真、読者が憧れるテイストのものが正しい。

特にwebコンテンツの場合は構築や運用が優先され狭義のデザインにそれほど差は出ないので、写真がかなり重要になる。写真のテイストを揃えるだけでずっと良くなるのに!と思うことがよくある。

写真を意識するためにも、いいな!と思った写真、デザインは日頃からスクラップしておくといい。スクラップという行為も古いのかもしれないが、私は、新聞や雑誌や広告で「わー」「素敵ー」と思う写真やデザインを、切り取ってクリアファイルに集めていた。webサイトもURLをまとめておくが、紙のスクラップだと、アイデアが欲しい時にパラパラ見たり、自分の好きなデザインのテイストが可視化できるのがいい。いいな!と思った理由、例えば「インパクト大」「雰囲気が好き」「ストーリーを感じる」などと言語化しメモしておくのも、いざという時すぐに使える資料になる。

『イノベーション・スキルセット~世界が求めるBTC型人材』という本で、田川欣也さんが提案していたのは、ふせんを使う方法。デザインというのはジャッジの連続なので、雑誌を見ながら「いいなぁ」と思うページには青のふせんを、「嫌いだなぁ」と思うページには赤のふせんを、普通だと思うページには黄色のふせんを貼っていく。ジャッジをする練習でもあり、自分のジャッジを知る意味もある。

仕事にもよるが、いいな!と思った写真やデザインをスクラップしつつ(あるいは青のふせんを貼りつつ)、カメラマン、デザイナー、イラストレーターの名前もチェックする。さらに仕事によるだろうが、モデル、スタイリスト、ヘアメイク、ロケ地などもチェックする。雑誌編集者は「この人と仕事してみたい」といつもこんなことをしている。

デザインの打ち合わせでは、言葉だけで「ソリッドに」「ふわっと」などと伝えるのが行き違いの原因になることも多い。なので、スクラップした具体的なビジュアルを提示したり、「◯◯さんのイラスト」とクリエイター名を出すことで、一気にイメージのすり合わせ、共有ができる。

編集とデザインは雑誌の両輪と書いたが、編集者がデザイナーと打ち合わせをする時には、企画の趣旨、デザインのイメージを共有することが一番大切なことだ。そこを怠ったまま、デザイナーが上げるデザインに細かい修正を繰り返す編集者を何度も見てきた。「1cm左にずらして」「あと0.5mm」とか、「この赤を青に変えて」「青バージョンもつくって」という指示を繰り返してよくなるためしがない。デザイナーにはデザインを構築した過程があるわけで、「この余白が気になるんだけど」「赤が強すぎない?」と言えば、「(この余白が気になるなら)オブジェクトの比率を変えよう」「(赤が強すぎるなら)全体のトーンを変えよう」などと手法があるはず。編集者に求められるデザイン力は、狭義のデザインの技法ではなく、むしろ広義のデザイン力をデザイナーと共有できることだと思う。


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