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父親の会社が倒産し、実家のローンを肩代わりしている友人の話を聞いて思ったこと。

「親父の会社が倒産して今は俺が実家のローンを肩代わりしている」

この話を聞く数時間前、僕は駅前に立っていた。夏の終わりが近づいてきたころ、僕は高校時代の同級生と会う約束をしていた。最後に会ったのがいつか覚えていない。夏の勢いに任せて僕の方から突然「久しぶりに会おう」とけしかけたのが始まりだった。待ち合わせ場所は、その子との思い出の地でもなければ、お互いに行きやすい場所ではない。

地面に置かれたシルクハットに投げ銭されて喜ぶ路上ミュージシャン、道端で先週の『週刊文春』を売りさばく路上生活者、身寄りがなくトー横に集まる少年少女たち。

新宿という町だ。

新宿という町に似つかない僕たちが、どのようにしてこの町に溶け込んでいくのか見てみたかったからだ。

これから会う友人とは高校卒業後は時々会っていたが、ある日を境に会わなくなってしまった。理由は特にない。会わなくなってから4年になった。しかし、今ここで連絡を取らなければこの先会うことないのではないか。そんな気がしたのである。生活の環境が変われば生活に対する優先順位が変わる中、今でも会う友人の存在は大事にしたい。そう思ってまで会いたいと思った友だちとこれから会うことになり、夏空の粒子に溶け込んで浮いてどこかへ飛んでいくようだった。

「もうすぐ着くよ。どこにいる?」

無味乾燥な内容のLINEが届いた。高校時代、すごく仲良くしていたはずなのに今とても緊張している。会ったら最初なんて言おうか。自然な感じで簡単にあいさつだけにしておこうか。いや、それは味気ないか。そんなことばかり考えていた。考えているのもつかの間、久しぶりに会う友だちがそこにいた。

「久しぶり。変わってないからすぐ見つけられた。」

嬉しかった。「変わってない」って言われるのが。僕も彼を見てそう思った。あの日、あの場所ですごした彼がそこにいることが嬉しかった。帰りの電車の中でお互い好きな曲を教えあったり、タワーレコードで好きなバンドの新譜を視聴したり。令和5年の今はそんなことしないかもしれないが、平成初期生まれの僕たちはそれが楽しかったし、思い出でもある。9mm Parabellum Bulletや凛として時雨、RADWIMPSと同じ時代に僕たちはそれを好きになり、それを聴いて共にすごした仲であることに誇りを持っている。そんな彼が今、そこにいる。いろんな思いがぶわっと込みあがってくるが、それをぐっとこらえて「おう。久しぶりやな。」と言うだけで精一杯だった。

まずはカラオケに行こうというのは前から決めていたので早速行くことに。繁忙期だからか「30分待ちになりますがよろしいですか?」となったが、その待ち時間でさえもあっという間にすぎた。僕たちには離れている時間が多すぎたことを実感した。

カラオケは各々好きな曲を歌う。会わなくなった4年の間に、あいみょんが「マリーゴールド」でスマッシュヒットし、Official 髭男dismが突如現れ、緑黄色社会が紅白に出場し、ELLEGARDENが活動再開した。僕たちがあの頃過ごした「このバンド最近きてるよ」という話が途絶えている期間があまりにも長すぎた。どれほど巨大な時間であっただろう。ただカラオケに来ているだけなのに、履歴を見た途端、そんな思いが幾度なく反芻した。時間の経過という絶対に避けられない普遍的問題に直面した瞬間だった。まさかカラオケの履歴を見てそんなこと考えるなんて思いもしなかった。そのとき、晩夏というにはまだ暑すぎる暑さを感じたのである。

お互い気持ちよく歌い上げ、鬱憤を晴らしたところでカラオケを後にし、居酒屋へ向かう。夕焼けに染まったアスファルトを見て、涼しさが混ざった生暖かい風が頬を撫でた。時は無限のつながりで、終わりがないものだと思っていたが、時は着実に進んでいた。

居酒屋に入る前に少しだけタワーレコードに立ち寄った。帰りの電車でお互いにiPodを見せながら「今このバンドがきてるよ」ってオススメし合ったり、放課後のタワーレコードでお互い好きだったバンドの新譜を視聴していたあの日を僕は一時も忘れたことはなかった。そのとき過ごした友だちとの思い出も付加されていた。場所はべつにどこでもよくて、「誰と過ごすのか」が大事なのである。それが今、4年のときを経て僕たちはまたタワーレコードのCDが並んでいる棚の前であの頃のように心を踊らせていた。楽しかったあの日のように。

居酒屋に入って最初のビールで乾杯した。社会人になってから初めての彼との居酒屋。日々、仕事に疲れていた僕は久々に学生気分に帰ることが出来て、安心した。お互い変わった部分も多いけど変わってないところも多かった。ああ、お前といつまでも友だちでいる理由がやっとわかった。学生時代の、そのときの価値観だけの友だちだけでなく、時代の変化があっても、価値観の変化があっても、それをお互いに認め合える関係がこれからも続く友人なのだとそのとき初めて知る。

飲み会も終盤に差し掛かったころ、仕事の話になったとき彼は「親父の会社が倒産して今は俺が実家のローンを肩代わりしている」と言った。僕は絶句するほかなかった。なぜ働き盛りの若人が実家のローンの肩代わりしなければならないのか。以前から父親は個人事業主をしているという話は聞いていたが、それはあまりにも残酷だろう。そう言った彼はヤングケアラーとして自分の人生を全うしていた。しかし、自分の人生を全うするためには、他人の数珠を引き継ぐ人生なのかと。そのとき重たい風がそっと頬を撫でた。

人の不幸を悲しみ、人の幸せを願う。そんな人でありたいし、自分の人生のほとんどのじかんは誰かの人生を想うために使われるのかもしれない。最近のSNSでは「誰かの幸せを喜ぶことができない、皆が不幸になればいい」という人が多くなってきた印象を受ける。「私がこんなにも苦しんでいるのだから、あなたも苦しめ」という発想を感じる。人の幸せを願える人が人間にとって本当は大事でなかろうか。余裕がなくなると人は何かと比較し、勝っている部分を探し心の安寧を求めたがる。比較するのは「自分自身」だけにとどめて「自分がどうありたいか」だけ考えるだけでいい。

僕は彼がこれからどういう人生を歩み、どのように生きていくか、わからない。最初、彼と会ったときは「あの頃と変わっていなくて安心した」と思っていたがそうではない。変わっていないとおかしいのだ。なにを僕は安心していたのか。彼は自分の人生に向き合い、頑張っているのだ。それにプラスアルファで生きていく幸せを見つけてほしい。きっとどこかで、人生のレールが切り替わる音が聞こえてくる。そう願う。愛をもって、希望をもって、今日を生き抜くのだ。

別れ際、「また会えるの楽しみにしてるよ」と言われた。楽しみにしてる……か。人と会うことを待ち望んでくれている友だち。彼のためにも僕はこれからも頑張っていく。また会えるその日まで。

優しい風と夜の底冷えをまとった新宿で僕は秋の匂いがした。

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