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【読書記録】太宰治『黄金風景』

『黄金風景』をおすすめする理由

太宰治の作品に『黄金風景』があるのご存知でしょうか。私はこの作品が一番好きかもしれない。何十回読んでも色あせないほどに。

15分で読める超短編で(原稿用紙で10枚いかないくらい)、「太宰でおすすめ」と訊かれたらまず本作をおすすめする。

『きりぎりす』(新潮文庫)、『太宰治全集2』(ちくま文庫)に収録されてる作品です。あとは著作権が切れてるので青空文庫でも読めます。短いのでとても気軽に読める作品です。


本作の特徴として太宰にしては珍しく、ハッピーエンドなのです。よく知られている『人間失格』は終始重たくて暗い話が続きます。他の作品でも同様の傾向が見られますが、本作『黄金風景』はスッキリする読後感を得ることができます。

またこの時代の文豪はどうしても文章が難しい。夏目漱石、森鴎外はとくに難解である。太宰もそのひとりなのだが、太宰を知る最初のきっかけとして、本記事では『黄金風景』をおすすめしたい。

本作は短いだけに、あらすじだけでもうネタバレになってしまうので、本作の執筆に至った経緯と本作の簡単な紹介にとどめておきます。

太宰は少なくとも4回は自殺未遂していた(諸説あり)

最初の自殺未遂は20歳

当時参加していた左翼団体において、零細農民からの搾取によって成り上がった津島家(太宰の本名は津島修治)の出自に負い目を感じて、自殺未遂を図る。津島家は金融業などによって財をなした大地主で、父は多額納税者にその資格が与えられる貴族院議員にもなっている。

2回目は21歳

太宰は高校時代より交際していた小山初代を東京に呼び寄せ、結婚をせまる。しかし、結婚は生家との分家除籍が条件だったのである。つまり、津島家との別れとなる。その苦悩から、太宰はバーで出会った女生徒心中を図り、女性だけが亡くなるという事件を起こす。この後、左翼団体から離れ、小説を書き始める。

3回目は26歳

26歳の年に、当時在学していた東京帝国大学仏学科を除籍となる。その後、新聞社の入社試験を受けるも不合格となり、またも自殺を図る。この後、『晩年』を発表する。

4回目は28歳

3回目の自殺未遂の後、薬物中毒に陥る(詳細は割愛)。その頃、内縁の妻となっていた小山初代が太宰の知人と不貞行為があった。それを知った太宰は小山初代とともに心中を図るが未遂に終わり、小山初代と離別する。

本作は心身が回復したときに書いた作品

4回の自殺未遂を経て、心身ともに喪失していた太宰は、師と仰いでいた井伏鱒二の勧めで、山梨県でひっそりと創作活動に勤しむ。その時、甲府市に住む石原美知子とお見合いをし、結婚する。これを機に太宰の心身は回復し、精力的に創作活動を行う。このときに書かれたのが『富獄百景』『女生徒』『走れメロス』などである。そのうちの一つが『黄金風景』である。

人間、孤独に生きるのが苦手なのである。何かあったときに、精神的支えとなる存在が近くにいないのって、時として辛いときがある。太宰もおそらくそのような時期だったであろう。そのとき出会った石原美知子は彼の心の隙間を埋めてくれたに違いない。

『黄金風景』を読む

さて、そろそろ『黄金風景』の話に入ろう。

この作品の書き出しは

私は子供のときには、余り質たちのいい方ではなかった。女中をいじめた。私は、のろくさいことは嫌きらいで、それゆえ、のろくさい女中を殊ことにもいじめた。

『太宰治全集2』ちくま文庫

まるで太宰自身を鏡に映し合わせたかのように、作品に「私」として登場させている。「私小説」というやつだ。

小学生や中学生のとき、好きな子にちょっかいを出してしまうかのよう。かまってくれないとスネちゃうことが多い。

本作の前半は子供のころの「私」、後半は大人になった「私」を対比させて描いている。

大人になった「私」はひょんなことから、そんな女中と再会します。

私は立ったまま泣いていた。けわしい興奮が、涙で、まるで気持よく溶け去ってしまうのだ。

『太宰治全集2』ちくま文庫

人間にとって、本当に大切なものに気づき、新たな「私」の出発が最後に記される。最後の最後に「私」が泣くのは、幼かったころの「私」と現在における「私」の精神を描くことで、「大人にならなければわからないもの」「あの時、自分を大切に扱ってくれた人の存在」に気づかせてくれる大人を描いていたのがこの小説だったのかもしれない。


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