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科学は気候変動に揺れる社会に解答を示せるのか?

プリンストン大学の真鍋淑郎先生が、2021年のノーベル物理学賞を受賞されました。本当におめでとうございます!気候科学の分野では初めての受賞で、気象・海洋学分野を研究していた自分の周りの研究者も歓喜しています。僭越ながら、眞鍋先生と、同時に物理学賞を受賞したKlaus Hasselmann博士の研究を簡単にご紹介します。

1967年に眞鍋先生が発表された論文は、「Thermal Equilibrium of the Atmosphere with a Given Distribution of Relative Humidity」で二酸化炭素だけに注目したわけではないですが、今回の受賞では大きく評価されました。二酸化炭素濃度が2倍になった場合に地表の温度が上がることを数値的に世界で初めて示しました。この考え方は今では「気候感度」という名称で、多くの気候研究で重要な指標になっています(考え方の源流は、1896年にスヴァンテ・アレニウスによって提唱されました)。

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(© Johan Jarnestad/The Royal Swedish Academy of Sciences
Press release: The Nobel Prize in Physics 2021 - NobelPrize.org
1969年には、論文「Climate Calculations with a Combined Ocean-Atmosphere Model」を出版しました。地球の大気と海洋は熱や水蒸気などをやり取りして互いに大きな影響を与えています。それを数値的に表現して地球全体の大気と海洋の状態を計算することを可能にしました。これは今の気候予測モデルの基本的な作り方です。大気の気温も海洋に大きな影響を受けており、将来の気候を予測するためになくてはならないものです。

私は博士課程で海洋波浪の研究をメインで行っていたので、波浪研究の大家でもあるHasselmann博士の方が実は研究的には馴染みのある方です。自分の博士論文でも、彼の論文を一つ引用していました。
Klaus Hasselmann博士は数学に非常に長けた方で、彼の論文は本当に数式が多いです。Hasselmann博士は研究初期、海洋波浪の研究を主に行っていましたが、1970年代頃より気候学に取り組み始め、観測データからある現象のシグナルを分離する手法を考案しました。その手法は1990年代に地球温暖化が騒がれていた頃に、世界の平均気温データから人間の影響と自然変化を分離する考え方に繋がり、人間活動が気候に有意な影響を与えているということを数学的に示しました。この手法を応用したのが下の図で、黒線が観測値、青線が自然変動のみの計算値、赤線が人間活動+自然変動の計算値を示しています。赤線と黒線がよく一致していることから、人間活動が地球の気温に影響を与えていることを示しました。

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(© Johan Jarnestad/The Royal Swedish Academy of Sciences
Press release: The Nobel Prize in Physics 2021 - NobelPrize.org

今回の受賞は、気候学という複雑系システムを理論的に解明したことが高く評価されたことによるものです。今の社会で大きな課題になっている地球温暖化、それによる気候変動が、50年以上前の理論により予測されていたというのは驚くと同時に、予想通りになってしまった現代の状態を憂いる気持ちも湧いてきます。真鍋先生の論文が出版された当初は地球寒冷化説のほうが注目を集めており、地球温暖化が実際に社会問題として認知され始めたのは1990年頃でした。1992年にブラジルのリオデジャネイロで地球サミットが開催され、気候変動枠組条約が締結されました。しかしそれでも、地球環境より経済成長を重視する各国の姿勢は変わらず、気候変動問題はより厳しい姿となって、私たちの前に立ちはだかっています。

気候変動が激化することで、社会も変わることを求められています。これまで、インフラや保険などは過去の気候データを元に設計されてきましたが、気候変動の世界では過去のデータのみから将来に準備することはできません。眞鍋先生・Hasselmann博士の研究から発展した今の気候研究の力で、将来の気候はある程度予測することが可能です。その予測を利用して、今からその変化に向けて行動することが必要です。

今放送しているNHKの朝ドラ「おかえりモネ」では、今まさにそのようなシーンが放映されているのは、私も驚いている一致です。これからの気候の悪いことばかり伝えても、人は落胆するしかない。課題に対して前向きなソリューションを伝えないと、本当に気候変動に向き合ったことにならないでしょう。これは本当に難しいことで、以前の自分は「自然が相手だから」で考えを止めてしまっていました。

ここからが本当の腕の見せ所。課題に対して解決策を見つけることで本当の価値が現れます。アカデミアにいた研究者の自分から起業家に進化するために、ファイナンスの仕組みを使った解決策を考えているところです。気候変動は数十年かけてゆっくりと変化していくリスクです。平均気温や平均降水量の少しずつの変化だけでなく、大雨や猛暑のような異常気象も長期的な変化をします。下の図は、リスクの発生頻度と影響度に合わせたマネジメントの手法を示しています。気候変動は世界で同じように発生するわけではなく、地域によって大きく異なります。日本国内でも場所ごとに変わります。気候変動が与える様々な変化に対して、どのような対応をするべきか教えてくれるのは、データです。新しく設立したGaia Visionでは、今このマネジメント策を準備しているところなので、発表できる日を楽しみにしています。

リスクマネジメント

タイトルの「科学は気候変動に揺れる社会に解答を示せるのか?」という質問に対しては、今自分が実践しているところだ、という解答になります。気候変動への取り組み方は色々あるし、解答も一つではありません。私はあくまで、気候科学を元にして、気候変動が脅威を与えている社会がこれからどう行動していくのが良いか、一つのやり方を作ろうとしているだけです。

研究者をはじめ、国や企業、金融機関からベンチャー企業に至るまで、多くの人が気候変動に取り組んでいます。人類社会の成長の裏返しでもあるようなこの気候変動にどう取り組むべきか、解決できるのか。私たちのこれからの行動にかかっていることは間違いありません。

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