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研究と社会の橋渡し ~気候変動へのより良い選択のために~

僕は小さい頃から科学者になりたくて勉強して、大学に来て無事に博士号を取ったわけだが、今は研究者だけを続けようと思っていない。研究は続けたいが、研究成果を活かして社会を良くしていきたいという思いが強くなったからだ。

元々気象の研究をしようと思った理由は、研究することで自然災害から社会や自然を守ることができると思ったからだ。気候変動が地球規模の課題になって数十年、気温は上がり極端な現象は増え、社会や自然は傷ついていく。現象を理解して正しい対処を行えば、被害を未然に防げると考え、気象現象のメカニズム解明の研究を5年ほど続けていた。大学院の期間中、洋上風力発電や波力発電の研究にも関わったりして、気候変動の緩和と適応の両面から研究を進めることができたのはかなり貴重な体験だったと思う。

研究をしている最中にも、気候変動は進行していた。IPCCを始め、多くの研究機関や研究者が数々の気候変動に関する研究を発表しているのに、対策は遅々としていた。気候変動の進行が体感でもわかるようになってきても、化石燃料は大量消費され続け、温室効果ガスは増え続けていた。経済成長により社会のレジリエンスが向上すれば、たとえ気象災害や異常気象が増加しても被害を抑えることができるのかもしれない。しかし、荒れ狂う気象に対して人の社会はまだまだ脆弱だった。建物やインフラが頑丈になって、被害を減少させることはできていたが、対策が不十分な場所は容赦なく蹂躙される。

気候変動がなかったとしても気象災害は存在したが、気候変動は大気や海洋の極端現象を著しく増加させることが明らかになってきた。実際に過去の現象を見ても、気候変動の影響を受けていたことが研究で解明されつつある。生物の性なのだろうか、実際に体験しなければ対策をしようとしない、という状態が長らく続いていたように思う。実際に世界中で気象災害と異常気象が発生していることで、世界はようやく歩調を合わせて気候変動への対策を本格的に進めようとしている。

気候変動という現実の危機に面して、皮肉なことに気候科学は大きく発展した。社会的に意義のある期間は現在の前後100年くらいだろうが、その200年間の再現性を保証するためには、何十万年前の時点すらも研究対象となる。世界から200人以上の研究者が、1万以上の論文を参照して作成されるIPCCの評価報告書は、世界でもおそらく最大の科学者のみによる研究成果物であると言っても過言ではない。

気候科学から生み出された未来予測は、これまでの人類の叡智を結集した予測であると言える。未来を予測する方法は様々あるが、これほど科学的に厳密に精査された未来予測は他に存在しないのではないだろうか。

いま社会では、サステナビリティが強く求められている。気候変動だけでなく、生物多様性や資源問題など、実に多くの課題に直面している。世界全体としてだけでなく、国として、自治体として、企業として、それぞれにとっての持続可能性が重要である。サステナビリティの一角を占める気候変動問題において、ある程度の確度で未来を予測できているというのは非常に価値がある。

この未来予測を適切に利用することで、より科学的な社会のあり方を考えることができる。この予測は、過去と未来が大きく異なり、過去の経験が通用しないということを示している。そして、人類の今の動き方で未来がある程度の幅で決まるということも示している。このような情報は、天文的な現象を除けば、人類史上存在しなかっただろう。実際に、この気候予測の結果を用いて、将来の世界のGDPに気候変動が与える影響などは既に計算されている。気候予測は、人類が今のような化石燃料・森林資源の大量消費などを続けると、将来の気候が今とは大きく異なる温暖なものとなり、気象災害・異常気象が頻発し、社会に壊滅的なダメージを与えるということを伝えている。逆に、温室効果ガスを十分に減らすことができれば、これまで通り比較的安定した気候の中で、従来のインフラで社会が安全に護られるという未来も示している。

IPCCのレポートは、地球全体や国家規模の気候変動による影響について詳細に物語っている。しかし、地域や国による影響がわかったとしても、自治体や企業、個人に及ぶ影響は様々である。場所によって影響が変わることはもちろんのこと、企業であればその業態・ビジネスモデル・サプライチェーン・保有資産、個人であれば家族構成・住居形態・仕事内容・ライフスタイルによっても、気候変動による影響は変わる。気候変動に関連した異常気象や気象災害によって、科学的な知見をもとに分析することが今では可能である。

自治体や企業、個人が自分に将来及ぶ影響がわかれば、どのようにその影響を減らすか、より現実味を持って考えられるのではないだろうか。温室効果ガスを積極的に減らす行動をしたり、災害による影響を減らすために住居を強くしたり保険に入ったりと、積極的な選択をすることができると期待している。そのためには、最新の気候研究の成果を多くの人がアクセスできるようになることが必要だ。

気候研究の成果は、ビッグデータとして無料で利用できる。例えば国立環境研究所のページ「気候変動適応情報プラットフォーム(A-PLAT)」は、気候変動で日本各地に起こる気温や降水量の変化が閲覧できる。しかし、洪水や台風などのような災害についての将来予測は研究としてもまだ難関な課題であり、パブリックに利用でき、信頼性の高いデータはまだほとんどない。

私たちがこれから温室効果ガスを大きく削減できたとしても、しばらくは気候変動による影響が続くだろう。もうすでに、ウィズ気候変動の時代に、私たちは生きているのだ。最新の科学的知見をもとに適切な行動を取れば、その影響は最小限に抑えることができるはずだ。そのためにも、最新の気候研究の成果により多くの人がアクセスできるようにするべきだと考えている。人類が持つ最新の叡智を適切に用いれば、私たちの行動についてより良い選択肢を示してくれるはずだ。


サムネイル:Dean MoriartyによるPixabayからの画像

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