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10 胃ネズミ

「あははは。あははは」

「なにが面白いの」

「この漫画。見てここ、食べたもの全部吐いてるんだ。食べ過ぎだよね」

「なにこれ、汚い。アイ、漫画もいいけど、ちゃんと勉強しないとダメよ。いい、あなたのために言ってるんだからね。じゃあ、わたしはちょっと仕事で呼ばれてるから。ちゃんと勉強しなさいよー」

 そう言い残して、ワールドザワールドの女神はアイの部屋を後にしました。
 次なる仕事へむかうのです。
 しかし彼女のおかげでアイの部屋はずいぶん片付きましたでしょう。見てください。今、綺麗になった床を転がって、アイは縦横無尽です。そのままゴロゴロ、ゴロゴロ、本棚へぶつかりました。

 アイは八巻を取ろうと腕を伸ばしましたが、そこに本はありません。ちょうど一冊分、空白なのです。
 そして思い出しました。ずいぶん前に、面白いからぜひ読んでと言ってゾウに貸したのです。
 アイは、ゾウに会いに行くことにしました。
 ゾウはクァシンと同じ町に住んでいて、体も大きいのでとても大きい家に住んでいるのです。

 ゾウの家の扉をたたくと、巨大な扉はギシギシと開いて、中から大きな耳を垂らした顔のゾウが、のっそりと出てきました。

「ねえ、ゾウさん。僕が前に貸した漫画、いま持ってる? 返して欲しいんだ」

「え、漫画。あ、ああ、あるよ。待ってて欲しいね。ええ、ちょっと時間がかかるんで、部屋へ帰って待ってていいよ。ボクが持っていきますから」

「うん。じゃあねー」

 アイは手を振ると、そのまま安心して家に帰りました。

 慌てて家中をひっくり返しているのはゾウです。
 しかし漫画は見つかりません。ゾウはため息をブルハッハッと大きく吐いて、今から途方に暮れようとしましたが、その寸前、とあることを思い出しました。
 そう、ずいぶん前にその漫画を犬に貸していたのです。
 ゾウはいそいで犬のもとへ向かいました。

「おい、お前!」
 とゾウは木陰で寝ている犬の尻尾を踏みつけて言いました。
「俺がかした漫画あったろ。あれ早く返せよ、今すぐな」

「そんなこと言ったって……。あ、あ、あれはっ、あれはネコにかしていまして」

「なら今すぐ取り返せ。でないとこうだからな」

 と言って、ゾウは長い鼻を犬の首にまきつけ、締め上げました。
 なんと乱暴なゾウだことでしょう。アイの前ではあんなに低姿勢だったのに。

「はい、はい、わかってますから、離してください」

 犬は足をハタバタと回します。ゾウが首を離すと、砂埃をあげて走り去ったのでした。

 さて、今度は犬の番です。

「まったく、ゾウの足はなぜああも臭いのだろうか」
 と鼻を曲げながら犬はネコのもとへ走っていました。
「それに、あの鼻の傲慢さ。耐えられないね」

 やがて猫のいる泣く女神の家の縁側へやってくると、

「おい、お前」
 と犬は欠伸をしたネコの口に前足を突っ込んで言いました。
「俺がかした漫画、あれ、今すぐ俺に返せよ」

「そんなこと言いましても、あれは、実は、ネズミのやつにかしたんです」

「はあ? なら今すぐ取り返せ、バカ。でないと、お前の鼻を噛みちぎるからな。わかってんだろ」

「ええ」

 ネコは尻尾を腹に隠し、小さな顎をプルプルと震わして後ずさりします。
「ワン!」と犬が最後になくと、飛び上がるようにして逃げて行きました。

 そしてまた、

「おい、お前」
 とネコはネズミの目の前で、ジェットコースターみたいに高く腰を上げながら威嚇して言いました。
「俺がかした漫画、返さねえと食い殺すぞ。早く出せ、部屋にあんだろ!」

「ないよ」
 とネズミは髭を研ぎながら言います。
「あれはもう食った」

「はあ? お前今なんて言った」

「食べたんだよ。漫画は俺の腹の中」

「じゃあ取ってこい。今すぐだ。ほら。早くしないと、お前が俺の腹の中に入ることになるぞ」
 猫はシャーシャー怒ります。

「はいはい」

 ネズミは大きく口を開けると、その中に自分の体を入れました。すっぽり。ネズミは自分の胃の中に入ってしまったのです。
 ネコは眼を丸くして驚きました。さて、ネズミを食べたネズミがいた場所には、謎の黒い正体不明の空間だけが残ったのですが、ネコは自慢の顎を外して驚きました。

「にゃんてこった」

シャー ฅ(`ꈊ´ฅ)

「どうぞ。今度からは、風船を持っていない方の手でジャンケンするんだよ」

 木から飛び降りて、子どもに風船を渡しながら、アイは言いました。子どもに手振って見送ったアイに、クァシンは言います。

「『キャプテンドラゴンドラゴン航海記』第七の乗組員ナナは、「この世に上も下もない。すべてにおいて」と言うけれど、風船は地面から離れてゆくね」

「クァシンがそういうヘンテコな口調になった時には、いつも何かを問いかけることをアイは見抜いているよ。きっとこう言うんでしょ「なぜ風船は上に行くのか」。それは簡単だよ。アイでもわかるよ。それはね、軽いからだ」

「でも、羽毛も軽いけど、落ちるね」

「じゃあ……きっと風船は、空で生まれたんだよ。だから帰るの」

「じゃあ、空に返してあげたほうがいい? ふふ、僕は考えたことがあるんだけどね、木も水に浮くだろ」

「でも、ここには水なんてないよ。と言ってる所に、——何か宙に浮いている黒い変なものがあるよ」

 アイの視線の先にはネコがいました。
 ネコは「ピシャー! キシャー!」と不思議に浮かぶ玉を爪で引っ掻いて遊んでいるのでした。
 遊んでいるのでしょうか?
 実際は触れてないけれど、触れるか触れないかのギリギリのところで、その玉を引っ掻こうとしているのです。きっと警戒しているのでしょう。

「なんだろう」
 と警戒する暇もなく、アイはその玉に触れてみました。
 アイは消えました。
 ネコはそれに驚いたのか、尻尾を巻いて逃げました。
 クァシンもすぐにアイの後をおい、その玉に触れました。

ฅ( ̳• ·̫ • ̳ฅ)

「あら、生きてる。よかった」

 と独りごちると、クァシンは周囲に目をやりました。すぐそこにアイが倒れているのを発見します。彼はアイを起こしました。

 そこは暗くて、嫌な匂いに満ちていて、胸の混ぜられるような異様さのこめるところでした。つまり、この世の全ての匂いを混ぜたような、神秘的な醜悪さなのです。

 空はどこまでも暗く、何も見えません。
 横を見渡しても、どこまでも暗く何も見えません。
 それに地面は踵が浸かるくらいに、何かの液体が広がっているのです。

「嫌な空気だね」とクァシンはピシャピシャと靴をあげて歩きます。
「うん。暗いね」とアイも言って黒々と濡れる水浸しの地面を眺めます。
 そこに、ぼんやり明かりが反射しました。
 アイたちの足音の波紋に合わせてグラグラと壊れて揺れる赤い灯り。

「何か見えてきたよ」
 とアイが言いました。

 そこにはとりあえずいろいろなものが雑多に、それも大量にあったのです。
 タンス、跳び箱、布団、椅子、卵、カーテン、目玉焼き、シャンデリア、レンガ塀、曳き車、さらには絵本や、壺や、ソーセージ、大きな大理石の彫刻や、台所。
 ありとあらゆるものが、そこらに置かれている蝋燭や、提灯、行灯に薄明るくぽうっと照らされて、積み上げ並べられているのです。
 アイとクァシンは、迷路のようなその物らによってできた自然の通路を、右に左に歩きました。
 地面もまだまだ湿っぽく、ゆるくて歩きずらいのでした。

 すると、
「ばか、コレは俺の言ったのと違う」
 と怒鳴る声が聞こえて来ました。
 それと同時に向こうから何かが走ってくるのでした。
 その影はアイとぶつかって転びました。
 その正体はなんと、アイも知ってる友達のひとり、タイガーデニッシュなのでした。

「ああ、タイガーデニッシュ。なんでこんな所にいるの」

「わからないんだ。でもボクは早く面白い食べ物を探して持っていかなくちゃ」

「向こうにいる人に言われたの?」とクァシンは聞きます。

「うん」

「アイも探すよ」

 と言いつつ、クァシンとアイの二人は先にさっきの怒鳴り声の方へ向かいました。
 面白い食べ物とは、一体どんなものなのか聞かなくてはならないからです。けれど、それを探す必要は無くなったようです。なぜなら、その先にいたのが孤独王だったからです。

「孤独王、君だったんだね、タイガーデニッシュに無茶なお願いをしているのは」

「こんだけ色んなものがあれば、面白い食べ物くらいあると思ってだ」

「自分で探せばいいじゃないか」

「あいつに探させたっていいだろう」

「自分でも探しなよ」

 アイがそう言った時、大量のネジとビスの山の後ろから、大粒の汗を振り飛ばしながらタイガーデニッシュが帰って来ました。

「コレはどうですか」

「おお、コレは面白い、いただくぞ」
孤独王はよく確かめもせずそれを食べました。

「まったく、なんてやつだ」

「そうだね」

「おいお前ら二人」と孤独王は言います。「存在するか存在しないかちょうどわからないラインのことわざがメモされてある紙切れを探してこい」

「無茶だよ!」

「つべこべ言わずに探す!」

 そう言われれば探さずにいられないアイです。
 なぜなら、それ以外にすることがないからです。いつでも冒険歓迎なアイですが、ここでは孤独王の無茶なタスク以外に面白そうなことが見つかりませんでした。

 二人はその場を離れて、また迷路に足を踏み入れれました。
 ゴミだらけの砂場があったり、池もあります。池には魚もいました。魚は自分が変な空間にいることに気付いていないのでしょう。気持ちよさそうに目を細めて、口をぱくぱく泳いでいました。
 二人は歩き続けます。
 そしてある場所で出会ったのは、あのネズミでした。読者なら知ってるあのねずみ、そのこの空間はネズミの胃の中なのですが、その胃の持ち主です。

 ネズミはソファの上に寝転んで、鼻歌を歌いながら空から降ってくるピーナッツを口に入れていました。
 パクリと食べるのです。
 また今度はオールドファッションのドーナツが落ちてきます。それをネズミは舌で口を開けて待ち、パクリと食べます。

 最後に、ドーナツの穴の部分が落ちてきて、それを見過ごすと、ネズミはアイとクァシンに気づきました。

アイは「ここがなんの場所か」と尋ねると、ネズミは答えました。

「胃のなかさ。井の中の蛙ならぬ、胃の中のネズミだね。と、まあそんなことはいいんだが。ここにいれば、俺な安全なのさ、基本的にはね。だけれど、あんまりここへはこない。胃液臭いからな。だけれど今日は来た、この漫画を持っていかなくちゃならないんだ」
 とネズミは、また空から降ってきたドーナツを食べました。
 さっきからどんどん降ってきます。

「ああ!」
 声をあげたのはアイでした。
 ネズミの持つ漫画に見覚えがあったのです。
「アイが読みたかった漫画と一緒だ」

「そうなのか。やるよ」

「いいの? でも、ゾウさんから返してもらうから」

「手に入ったら、また俺に返したらいい。返さなくてもいい。まあ、俺は明日の夜まではここにいるよ」

「そうなんだ……うん、ありがとう。読みたかったんだ。一日借りるね」

「ああ」

「どうやって帰るのか知ってる?」

 ネズミは空から降ってくるピーナッツを食べて言いました。

「あっちに風船がある。それで浮かんで行け」

~(( C・>  チュー チュー

 二人は町へ帰ってきました。
 まだ黒い玉は浮かんでいます。

「ねえアイ。この漫画、君のじゃない? ほら、ここ折れてるし」

 とクァシンはその漫画を見て言いました。

「折れてたっけ」

「折れてたよ」

「ほんとだ、アイが書いた落書きもある。……返さなくていいって言ってたから、貰っちゃお」

 アイはさっそくゾウの元へ行き、漫画が手に入ったからもう大丈夫と言いました。
 ゾウは嬉しそうに頭を下げ、アイが帰るとすぐ犬のもとへ走りました。そして漫画はもういいと伝えると、犬も尻尾を振って猫に伝えにいきました。
 しかし、それが伝えられることはありませんでした。
 ネコは結局見つからなかったのです。

 それから一週間して、犬もゾウもネコを見つけ出すことはできないでいました。
 ゾウはある日、ネズミを見かけました。そしてネコは見ないかと聞くと、ネズミは言いました。

「さあな。そんなことより、お前足くさいぞ」

「すみません」

 ゾウは尻をフリフリまたネコを探し始めました。

にゃー