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12 花嫁の歌

 花ムコと花ヨメは笑顔でその様子を見守りました。二人の両親が互いに握手をたのです。
 ようやく和解することができました。ようやく分かってもらえました。花ムコは花ヨメの両親に理解してもらえたし、花ヨメも花ムコの両親に理解してもらえたのです。
 晴れて結ばれた二人。
 花ムコ、花ヨメはアイとクァシンに感謝をしてもしきれません。

「君たちのおかげで僕らは結ばれることになったよ、本当にありがとう」
「わたしたち、あなたたち二人への感謝を絶対に忘れないわ」

 手を繋いだ花ムコと花ヨメはアイとクァシンの前へ来ますと、涙気分でしみじみ言いながらお辞儀をしました。花ヨメはほろりと溢れる涙を手の甲ですくいました。

 アイは「なんのその〜」と謙遜しつつ胸をはります。

「また何かあったら、言って欲しいな。アイはあの、巨大樹の下に住んでいるから」

「知っていますよ」
「ええ、世間知らずの僕たちでも、さすがに知ってますよ」

 それからアイとクァシンは、村にあるタニシの女神の家へ向かうことにしました。と言うのも、今回の事件はタニシの女神の協力なしでは解決しなかったからです。

 タニシの女神の家に到着すると、二人は両手に持った虫かごを見せました。
 中には「ガンコ虫」が入っています。

「やっぱりこの虫だったんね」とタニシの女神は言いました。
 彼女はいつものことですが、とても鼻声です。黄土色の髪が長く伸びて、腰まできています。
 虫かごを受け取りながら、
「わたしが名付けたんよ。七、八年前に見つけてね。ともかく、回収できてよかった。全部で四匹だね」
 と言いました。

 タニシの女神は虫かごを四つ受け取って、それを塔のように机の上に積みました。机にはそれ以外のさまざまな虫のかごや、虫のことが書いた本やノートが山のようにあります。

「けれど、よく見つけたね。ありがとう、二人とも」

「捕まえ方を見つけたのはクァシンだよ」とアイはもらったお菓子を食べながら言いました。

 クァシンも紅茶を飲みながら話します。
「この虫は、しかめっ面が好きなんだ。だからしかめっ面をすると近寄ってくる」

「そうだったんね。初めて知ったわ。ともかく、珍しい虫だから、ちょっと調べるのに使わせてもらうよ」

「どうぞ、どうぞ」

 それからクッキーを半分食べ終わったアイは会話をしながら、例の「ガンコ虫」を覗いていました。
 足がたくさん生えています。羽でプンプン音を鳴らして、透明になったり、姿を表したりしながら飛ぶのです。
 その時、大事件が起こりました。

 アイは虫かごをつついていました。それに慌てて虫たちが羽をばたつかせるのを楽しんでいたのです。しかし、その末に、アイは力加減を誤って四つ積んだ虫かごの塔を崩してしまいました。
 その結果、虫が全部、家の窓から逃げてしまったのです。

 アイは必死にしかめっ面をしましたが、ガンコ虫はそれに見向きもしないでどこかへ飛んで行ってしまいました。

「……アイ」とクァシンはアイを見ます。

「ごめんね」アイはタニシの女神に謝り、肩を落としました。

「まあ、全然いいけどね。君たちが捕まえてきたのだし。でも、あの虫が誰かさんの頭に入っちゃったら、大変よ」

 次の日。
 村で結婚式が挙げられます。
 アイもクァシンも呼ばれました。なぜなら、その結婚式というのが、あの花ムコと花ヨメの結婚式だったからです。
 昼前に村に到着したのですが、アイがつくなり花ムコが駆け寄ってきました。
 そしてこんなことを言ったのです。

「大変だ。大変だ。花ヨメが来ないんだ」

 話を聞いてみると、こうでした。
 あの後、つまり昨晩のこと。花ムコと花ヨメの二人は、チョコレートにケチャップをかけるか、マヨネーズをかけるかで喧嘩をしたらしく、ついには花ヨメが「もうあなたとは結婚しない」と言うところまで白熱してしまい、それで花ムコは反省し、「じゃあ、あいだをとって、チョコレートには塩をかけるか、何もかけないかにしないか」と謝りにいき、それで一応仲直りはしたのだが、結果朝になると彼女の姿が見えず、そのまま今に至るということでした。

「チョコレートはどっちかと言うと、何かにかけるものだよね」とアイは言います。

「チョコレートはかけたりかけられたりするものじゃない」とクァシン。

「とにかく、花ヨメを見つけてくれないか。頼むよ」

 花ムコは膝をつきながら頼みました。そのとき彼の頭からガンコ虫が出て、どこかへ飛んでいきました。が、二人はそれに気づきませんでした。チョコレート論争も、たぶんガンコ虫のせいだったのでしょう。

 ただ、アイは新たなる事件に胸をふくらませました。

 というわけではありません。
 罪滅ぼしです。
 でも、楽しくなってきたのは本当です。だってあのシャーロックホームズとおんなじ事件を解くのですから。と言って、アイもクァシンもシャーロックホームズの存在は知りませんが。

「もちろん、僕たちに任せてよ。行こう、クァシン」

 すでにアイは走り出していました。

 ガンコ虫は合計四匹です。
 全て見つけ出すことができるでしょうか。

オイカケロ~~ ・・・・・(ノ^∇^)ノ  〜 〜 〜  ;;;;< 

 村は色々と大変なことになっていました。

 アイたちはこんな光景を目にしました。

 ある道ではマラソン軍団による渋滞が起こっています。道の真ん中に老人が座り込んで、道を通れなくしていたのです。
「わしはここに座る、ここをどかん」なぜ座るのかと聞くと、「その理由がわかるまでわしはここに座ってることに決めたのじゃ」と言って退かない。マラソン軍団に横を通って走ればいいと伝えると、「それでは距離が変わる。俺たちはここを走るんだ」と言います。

 アイは老人とマラソン軍団のと真ん中でしかめっ面をしました。
 すると老人とマラソン軍団の先頭の青年、二人から二匹のガンコ虫が出てきました。クァシンが虫取り網でそれを捕まえて、一件落着。

「片方小さくなってるね」アイが虫を見て言いました。

「たしかに、一匹は小さくなってる……はてな」

「はてな?」

 ある家では男がぬいぐるみを持って立てこもっていました。
 家の前のテントウムシ警部補が難しい顔をしています。横でミミズ刑事がメガホンを持って叫びました。「犯人に告ぐ。お前が持っているのはぬいぐるみだ。それは人ではなく、ぬいぐるみだ」しかし犯人は、「うるさい。これは人だ。俺は、こいつの、命を奪うかもしれんぞ。早く、砂糖を持ってこい」「私たちは砂糖を持ってこない。なぜならぬいぐるみにナイフが刺さっても、痛くも痒くもないからだ」
 テントウムシ警部補は横で腕を組んで、うーむ、と唸っています。

「テントウムシ警部補、何を考えてるんですか」ミミズ刑事が聞きました。

「うーん。犯人がああ言うのなら、あれは人間かもしれん」

「え?」

 そう言っている警部補のもとに、窓から出てきた虫が飛んできて、頭に入ろうとしました。間一髪、そこをクァシンが捕まえました。
 その虫を見てクァシンは言いました。

「これは子どもだ、アイ。中にいる犯人の頭の中に親がいるはずだ」

 アイは家の中に忍び込み、犯人の後ろでしかめっ面をして虫を出しました。自分の頭に入ってこようとする虫から逃げながら、クァシンの元まで走りました。それをクァシンが捕まえます。

 そのあと犯人は、恥ずかしそうな顔をして、ぬいぐるみを持って出てきました。

「すみません、ぬいぐるみでした」

「だろう。言ってるじゃないか」とミミズ刑事は犯人に手錠をかけます。

 テントウムシ警部補はまだ唸っていました。よほど考えるのが好きなのでしょう。

 さて、二人が村を奔走していると、大きな笑い声が聞こえてきました。

 そこは孤独王の住む、ダンボールの塔の前です。
 アイとクァシンはその前で足を止めました。
 塔の上を見上げますと、そこに小さな王冠を光らせて、マントを風になびかせた孤独王が立っています。

 孤独王は二人を見つけ声をかけました。

「お前ら何を探している」

「花ヨメがいなくなったんだ」

「ふははは、奇遇だな。この俺は逆に、花嫁を手に入れたぞ」

 そう言って孤独王は白いドレスを着た女性を両腕に掲げました。
 アイは「あっ」と声を上げました。
 そう。それこそが花ヨメだったのです。
 アイたちが探している花ヨメです。

「俺は結婚したかったんだ。ちょうどそこに花嫁が現れてな。ちょうどいいだろ、俺は幸運さ」

「違うぞ孤独王」
 アイは近くを通ったミミズ刑事からメガホンを奪い取ると、それを使って叫びました。
「花嫁は、もらうものじゃない。自分で女の子を花嫁にするんだ」

 そのとき、村に大きな風が吹きました。孤独王に持ち上げられた花ヨメはその風に飛ばされてしまいました。空に舞う花ヨメは、そして見えなくなりました。

「ああ。俺の花嫁! 行かないでくれ!」

「君にはまだ早いと言うことさ」クァシンは言います。

「花嫁を探しに行こう、クァシン」

 アイはすでに走り出していました。

 二人は走る。
 ミミズ刑事に「窃盗、窃盗!」と追いかけ回されながら。

 もうメガホンは返したにもかかわらず、刑事は追ってきました。
 二人は刑事を巻くために、右に左に折れ曲がり、ついには村の外れの森まで来てしまいました。ようやく刑事の声は聞こえなくなったようです。

 息を切らせる二人は、一息つこうと森の水を飲みに、泉のある方へ向かって歩きました。
 するとその方向から、歌が聞こえてきました。
 それほど上手ではな勝ったのですが、聞いていて嫌ではない歌でした。二人が泉につくと、そこで歌っていたのは、あの花ヨメだったとわかりました。

「わたし、花嫁をやめて、森の女神になるわ」

「なんで? せっかく結婚できることになったのに」
 アイは花ヨメの隣の石に座りました。

「でも、本当は結婚なんてしたくなかったのかもしれないわ。昨日の夜そう思ったの。わたしもわたしで、ガンコになったのかもしれない。結婚することよりも、親の反対を押し切ることにね」

「でも花ムコさんは待ってるよ」

「わたし、怖くなったの。式を迎えると、人生が何かこう、石のように硬くなって動かなくなってしまうように感じてね。そういうものから逃れたかったのに、結局そうなっちゃうのよ」
 花ヨメは指先で泉の水をくるくる回します。小さい波紋がみるみる広がりました。

「それは、森の女神になったら、そうならないの?」

「わからないけど。わたし疲れちゃったから、ああいう村」
 と今度は足で泉の水面を蹴ります。大きな波がたちました。

「帰らないの?」
 後ろで見ていたクァシンが聞きました。

 うなずく花ヨメ。
 そして彼女は、あまり上手でない歌を歌ったのでした。
「森には歌が似合うわね」

 アイはしかめっ面をしてみましたが、花ヨメから虫は出てきませんでした。

 二人は村に帰って、タニシの女神に、逃げたガンコ虫は二匹の親とその子どもしか捕まえられなかったと伝えました。
 けれどタニシの女神は「いいのよ」と言って代わりにその虫の寿命が短いことを教えてくれました。

 その帰りにアイはミミズ刑事に捕まって、牢屋に入れられました。
 牢獄生活は、虫の寿命が切れる丸四日後まで続きました。虫が消えたのでしょう。ちょうど四日経ったとき、飄然とした表情の刑事が来て、釈放が言い渡されたのでした。

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