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27 なんでもあり!? ワールドザワールド、おすすめの観光スポット5選

 ワールドザワールドにはなんでもあると言われています。
 例えば、40センチの靴 から 何も書くことのできないノート、ドアのない家 から 段のない階段、ハイデガーの同人誌 も 飲むと死んじゃうお茶 も 男性用の生理用品 も 左利き用のメガネ もあります。

 そんな魅力あふれるこの世界には、みんなが「町」と呼ぶ町があります。
 今回はこの町から、旅行に行くなら絶対に見るべきおすすめスポットを五つ紹介します。

 そのまえにまず、町への行き方を知らないといけません。
 あなたがそこへ行こうと思うなら、顔が巨大な野球ボールで身長が三メートル近くあるスタイルのいい男の人がいま到着したように、まず巨大樹の前に来ることになります。
 この巨大樹にはこの世界にだけ存在する「女神」のなかでも一番偉そうにしている「ワールドザワールドの女神」が住んでいますが、彼女に案内を乞うてください。
 彼女がいない場合は、根っこの隙間に住んでいるうるさい少年に聞いても構いません。

 彼女の指示通り、川にかかる巨大な橋を渡って、そのまま明らかにたくさん人が住んであるであろう地区に向かって南西に歩いてゆけばおそらく着きます。
 少々山を越えなければなりませんが、数分探すと巨大ムカデが見つかりますから、歩くのがしんどいという方は、そのムカデに乗って(座椅子も手すりもついています)「町」のボタンを押せば、勝手に進んでくれます。

 さあ、町につきました。
 いま町の北端、簡素な作りの家が並ぶ通りに立っています。というのも、この町はおおよそな構図として南に行くほど家が大きく、つまり世間一般で言うお金持ちの家が多くなるのです。

 頭が野球ボールの人は、ワルワルの女神(ワールドザワールドの女神はその名が長いので、よく慣れ親しんだ人や女神たちからそう呼ばれます)に教えられたのでしょう、迷うことなくある家に歩をすすめ、そのドアをどんどんと叩きました。

 すると「はあい」という弱々しい声とともにおばあさんが出てきました。
 おばあさんは、頭が野球ボールの人を見て飛び上がりました。
 そして驚いた声音そのままにおじいさんを呼びました。
 おじいさんももちろん、みるなり驚きました。

 ふたりは恐縮に恐縮を重ねて、客人にあたりました。
 頭をへこへこさげて、丁重にもてなし、家の中へまねきいれるのでした。

 家の中にはもう一人、少年がいます。
 白髪の美少年という形容詞だけで、あとは自由に想像してください。眼鏡をかけたりします。よく喋る性格ではありません。今日は手が隠れるほど長い袖の薄地のシャツをきて、ズボンは裾のふくらんだ黒いのを穿いています。無意識に両頬を膨らませるのが癖です(最近はその癖がなくなりつつあります)。人差し指より薬指の方が長いです。今日はまだうんちをしていません。昨日の夜は、沼で釣りをしに——

 さて。
 少年は、過剰に客人に恐れ多いように接するのが、おじいさんとおばあさんの悪い癖だと考えながら、その様子を見ていました。

 頭が野球ボールの人は言いました。

「この町を紹介してほしい」

 あら、なんという偶然でしょう。
 私もこの記事ではこの町のことを紹介しようと思っていたのですが、今見ている彼らも、今からそれを行うようです。
 せっかくなので、彼らについていきましょう。
 きっと少年も、ちょうど五つくらい、この町について紹介するのだと思います。

 ——No.1

「ここは、真ん中噴水といって、暇な人が集まったり、買い物帰りの主婦がオレンジを落としたりする場所です」

 とクァシン宅よりそのまま南になだらかな坂をおりた先にある、道の広い地区へやってきました。石造りばかりが荘厳で、かえるの水鉄砲みたいに細い水糸がぴゅっぴゅっと時折出るだけの噴水は、あまりに見窄らしいという意見もありますが、なによりこの地区の微妙な人気者カスタネットの女神のお気に入りなので改善されることはありません。
 クァシンと頭が野球ボールの男は、七秒ほど噴水の前でまっていると、ぴゅっと水がでました。二人はそれを見届けけて次のスポットへ向かうことにしました。となりをしゃーっと爽やかに若い男女二人乗りの自転車が通り抜けました。

 ——No.2

「ラーメン屋を知っとかないといけないですね。……ここが『てゆうか』——〈てゆうか〉と書いて〈っちゅーか〉って読むらしいけど、みんな〈あそこの店〉とか〈てゆうか〉と言っています」
「綺麗な店だ」
「ええ」
「食べて行ってもいいか」
「いいですよ」

 二人はラーメンを食べたました。
 クァシンは「鶏白湯ラーメン」頭が野球ボールの人は「てゆうか塩ラーメン」です。

 先に食べ終わった頭が野球ボールの人は、厨房で忍野扇のフィギュアを水につけて洗っている店主を眺めながら一息ついていたのですが、ふと、
「なぜ、アニメにはどれもラーメンを食べるシーンが出てくるのかな」
 と聞きました。

 クァシンは最後の麺をすすってしまって答えました。 

「信仰でしょう」
「信仰?」
「はい。あと、ラーメンが好きと言うキャラ付けをすると、『ああ、いい人側なんだな』って」
「キャラ付けの手間だな。それはわかるが、信仰というのは……」
「いかにいいラーメンが描けるか……そこでアニメの質が測られるんですよ。その作品に神が降りているかどうかが、いわばラーメンのツユに映るんです」

 クァシンは最後の一口のネギを食べて手を合わせました。
 頭が野球ボールの人はじっと目減りしたラーメン残り汁を眺め、しまいには器をを両手で持ち上げぐいっと飲み干しました。

 ラーメンが美味しそうなアニメは売れます。
 このお話が人気になるためにも、みなさんぜひ最高のラーメンをイメージしてください。
 ええっと、えっと、麺は縮れ麺で普通のラーメンよりもちょっと白っぽい感じで、それはえっと、忘れましたけど何かを普通より多めに入れてこねてるんです。で、ツユは透明、あ、いま、定番の「ていうかラーメン」についてはなしてます。で、少し透明で、細切りにしたネギが乗っていて、めんまは三本、チャーシューじゃなくて厚切りのハムが入っているのが特徴。どうですか、美味しそうですか? それでですね、えっとー、そうそう、目玉焼きを頼んだらのせてくれます。これ、無料です、はい。えっと、こんな感じですかね。私にかかってますからね。はい、以上で。

 ……はあ……はあ。

 みなさんもぜひ訪れてください。
 『てゆうか』
 噴水から北西に抜けたヴィヴィアン地区とか呼ばれる、井戸の女神のいる少し治安の悪い場所。荒くれ者やコワモテの人たちが住んでいるですが、ここで売られてる商品はどれも上質で、住人も見た目の割にほがらかですよ。

 ——No.3

「次は泣く女神です」
「ああ、しかしこの世界には一体どのくらい女神がいるんだ?」
「さあ。それは知りません」

 クァシンは知らないと答えましたが、一説には八百とも、八百一ともいわれています。しかし全ての女神が知られているかというとそうでも無く、実はまだ誰も知らない女神がいたり、まだ存在してはいないが数えられてる女神や、とっくにいなくなったが数えられている女神、とっくにいなくなったのでもう数えられていない女神、いるのにいないことになっている女神がいるなど。近頃、かつての女神文化もいよいよ退廃したのだと訴え「女神廃止論」を唱える者も出てきたらしいですが、その論を唱えたものは皆人知れず姿を隠し、数日後メロンパン中毒者かぬいぐるみ恐怖症になって帰ってくると噂ですから……とにかくまあ不思議な話です。

「彼女には家がないのかね?」

「どうなんでしょ。ねえねえ、泣く女神」

「はあ”ぃ”……ぐすん。」

「泣く女神ってどこに住んでるの?」

「ここ……」

 泣く女神は見た目九十をこえるおばあちゃんです。
 黄色や緑の破れた布を大量に着込んだ遊牧民のような格好。いつも身近には水晶やカードや、白い砂の山があって、狭い絨毯の上で、背中ごと丸くなった姿でいつも泣いています。
 それもいつもどこかの道端で泣いているので、通る人々は心配して声をかけたり、近寄らなかったりします。——が、彼女はその「泣く」というのが謂わば息のようなもので困っているわけでも、悲しいわけでも、目にゴミが入っているわけでもないのです。

「彼女は普段何をしているんだ?」
 頭が野球ボールの人がクァシンに聞きました。

「占いは得意だよね」

「うん」泣く女神がうなずきます。

「そのほかは?」

「町ゆく人を眺めているんだよ……ぐすん。」

「ふーん。それで仕事になるのかね?」

「仕事という観念はきっと女神たちにはないんだと思います。生きていることと、みんなが生きていることを、知っているということが謂わば彼女らの仕事と言えば言えるかな」

「ふん。そういう仕事もあるんだな」

「仕事って、そんなに気にする事ですか?」

「それを人々固有に割り当ててゆくべきだと、私は思うけれどね」

「そんな雰囲気は、ありませんね。町のみんなや、村の人々は毎日仕事している人もいますけど、地域によっては仕事という概念のない所もありましたし、なぜそれをそこまで気にするのか」

「この町が——」と頭が野球ボールの人は、息を溜めて、言葉を並べるように話しました。「この町が、より大きく盛んになるためには、上手い具合に仕事を割り当てて、代謝、つまり革新と発展を円滑に、とにかく続けなくてないけない。そういうシステムが、なかなか根付かないのが不思議だ」

「そういうことを、キヨミズさんが、考えているだと思います。ほら、あそこのお城の?」

「キヨミズさん? ……ふん。そのキヨミズさんとやらが一体何者なんだか、いま私が聞かないほうがいいんだろうね、きっと。その話はこれ以上しないようにしてくれるかね」

「はい。……次のスポットにもうすぐ着きます」

「次はなんだね」

「二つの学校から帰ってくる生徒同士が互いに睨み合う交差点です」

 ——No.4

  町の西の端の方に、それはあります。二つの学校は、縁起坂の上にある私立カッパノサラ学園と、因果坂の上にある魔術大学所附属高等学校です。
 この二つの坂——どちらも降りてゆくとちょうどアンリべ商店街入口前のテント広場でぶつかるのです。

「ほら、ちょうどカッパ学生が降りてきました」
「反対側からもきたぞ」
「ええ、そっちが魔術生です」

 クァシンら二人はちょうど坂の交差点を正面に眺めることのできる木製のベンチに、ソフトクリームを手にして座って待ちました。

 いよいよ、カッパ学生三人、魔術生四人が対面します。
 先に、見つけたのは青いブレザーを着ている方——カッパ学生でした。
 足を止め、両隣の生徒のことも制止し、なにやら小声でいうと、顎を使って坂の下より少し左を示しました。
 そしてまさにその刹那、黒い学ラン姿の魔術生たちも足を止め、横目にカッパ学生たちをみとめました。

 両生徒らは互いに相手との距離を詰めます。
 一瞬たりとも敵との視線をはずしません。ぶつかりあって、はじけあっています。
 互いになにも言わず、口はむんずと閉じたまま。
 目だけが威圧的にものをいうのです。
 そのまま五十五分が経過しました。
 互いに譲りません。
 そして四十分が経過しました。
 互いに譲りません。
 そしてとうとうまた三十分が経とうというとき、クァシンと頭が野球ボールの人は見るのに飽きてしまい、席を立ちました。

「いったいなんだったんだね、あれは?」
「なにも説明はないですよ。ただあの文化ができあがっていこう、両学校の成績はおもしろいほど」
「落ちたのかね」
「いやあがりました。勉強する時間自体は、五分の1になっていると言われてるんですが」
「どういう理屈だ?」
「だから理屈とかないんです。やりたくてやってるわけでも、やりたくないのにやらされてるわけでもないんでしょうが、なぜかあるんです」

 この文化については、誰もなにも分かっていません。ただこの諍いの原因の一端にアイが絡んでいるということだけは、クァシンは知っています。

 そろそろ夕方ちかくなりました。
 空の端に、ぼんやり茜色のりぼんが棚引きます。
 それからの二人は、謎の線路に沿って歩きました。使われてない錆びた線路です。使われてないどころか、今まで使われたことのない線路。誰が作ったかも作らせたかもわからない線路です。

 ——No.5

「この先にあるのが、この線路唯一の駅で、『イーハトーヴォ』というんだけど、そこにあるのが今から見せたいものです」
「駅ではなくてか」
「はい」

 これは私も知りませんでした。
 いいえ、駅のことはもちろん知っています。不思議な駅です。でもその駅自体ではなくて、そこに行くとある何か、とは一体なんでしょう。

「ついたぞ」
 と頭が野球ボールの人が周囲になにもない、看板と柱と柵だけの駅を見回しました。
「なにがあるのかね」

「これです」
 クァシンはとある柱に手をついて、——その柱を示しました。
「これが世界で一番ダサいデザインの柱です」

 たしかに、見てみるとその柱のデザインはあまりにダサくて、見ているこっちが恥ずかしくなるくらいです。
 でも、これ?

「これが、見せたかったものかね」
「はい。なんと言っても、ここまでダサいもの、特にここまでダサい柱というのは、世界広しといえどなかなかないと思うんです」
「それはそうだが……」

 頭が野球ボールの人は言葉を無くした様子。

 二人は柱をそこそこにして、そのまま南へ町を抜けた先の、広大な草原へ行きつきました。

 そこで二人はオオモグラからグローブとボールを借りてキャッチボールをすることにしました。
 したいと言い出したのは、頭が野球ボールの人です。
 クァシンは袖をまくって細い手首に、しなった重たいグローブをつけました。不器用に手をはめる様子を、頭が野球ボールの人はゆっくりと眺めたのでした。

 夕日が空を伝わって、ワールドザワールドの空気も朱に染めてゆくその下で、二人はパフポフ、パフポフと音を立てながら、ボールを投げ合いました。

 一つ問題なのは、頭が野球ボールの人はボールがよく見えないのか、毎回毎回捕り損ねました。頭にボールをぶつけると転がるそれを拾ってクァしんに投げるのでした。

 青草、苔むした岩、広がる小さな影の景色。懐かしむような赤い太陽。光の道。輪郭の美しい雲。
 半分陰ったボールが、巨大な野球ボールにぶつかり鈍い音をして落ちます。

「君は、あの柱が好きかね」
「好きですね」
「なぜだね」
「意味がないからです」
「意味か……よくわかるぞ」この後半は芋虫の喋るような小声でしたので、クァ真には届きませんでした。
「昔、ずっと壁の模様を眺めてたんです。綺麗に彩色された壁でした。そしたらなんだか分かったようなことがありまして。なぜ芸術を、美しく感じるのかということです」
「なぜだね」
「意味がないからなんです。色なんて塗らなくていい。なのに塗る。彫刻なんてほどこさなくていい、なのにほどこすんです。その塗られた色や、ほどこされた彫刻は、さぞ居心地が悪いと思います。壁は風を防げばいいわけですが、色はなにをすればいいんでしょうか。なにもできない。なぜかいるだけ、あるだけ。そこに、僕は人間的なものを感じたんです」
「色に、共感したんだね。自分達も同じようなものだと」
「はい。人間は、自分の存在を肯定できないんです。でも存在する必要のない芸術が存在してくれると、それを自分に投射して僕らは存在するということに対して寛容になれる」
「で、なぜあの柱なのかね」
「存在する必要のないデザインな上に、さらにそれがダサくてどうしようもないからです。芸術は喜ばれて存在価値を生むのですが、あの柱に関しては——擁護のしようもない。第一、駅自体なぜあるのか分かりませんから」
「なるほどな。よく分かったよ。ありがとう」
「言葉のキャッチボールはできるんですね」
「ん。グローブは、今は勘弁してくれたまえ」

 クァシンは帰ってゆく頭が野球ボールの人を眺めるのを切り上げて、自分も帰ることにしました。オオモグラにグローブを返して、川へ向かったのでした。

 私は残念です。というのも、私が紹介したかった場所は一つとしてクァシンに紹介されませんでした。
 巨大な金の便座も、大コンサートホールも魅力的ですし、私的にはちくわで作られたアスレチックパークは絶対に外せません。それに今回は特に最近ホットな場所としてジャズカフェ喫茶バー、そして他ではあまり紹介されませんがちょっと穴場スポットとして森の中にあるてへぺろ神社をおすすめしようと思ったのですが、それも言葉の端にも出てきませんでした。

 が、今回はこれでおしまいとします。
 また次回、機会があれば私のおすすめスポットを紹介しようと思います。
 では。




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