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15 アイの何気ない一日

5:30
この日、アイは自分でもびっくりするくらい、早起きした。
しかも、二度寝ができないくらい目がはっきりとしている。
することがない。
とりあえず、お腹が空いているので、冷蔵庫の中を見た。
パンケーキを作って、その上に目玉焼きとベーコンを乗せることにする。リンゴジュースもあと一杯分残ってるし、最高の朝食ができそう。

6:45
朝食を食べたあと、溜まっていた食器を洗った。
今日は家事の手伝いにタニシの女神が来てくれる予定だったが、おかげでほめられそう。片付いてゆく感覚にやりがいがあるから好き。いつもするのは無理だけど。
食器洗いを終えてもまだいつもの起きる時間より早いのが心地よい。
得をした気分。うーん……どれくらいかというと、3円ぶんくらいかな?
このままの勢いで、床の見えないほど散らかった部屋も片付けをすることにする。

8:20
部屋には色んな物がある。思い出深い物、よく使う物、使わない物、全く身に覚えのない物、ずっとある物。
例えば、珊瑚とか赤ちゃんの人形とか、飲みかけの缶だったり、読まない本だったり……クァシンに返しに行かなくてはならない。あとは、ギター、牛乳瓶の蓋32枚、乗馬鞍、小説を書こうと思って一行だけ書いた紙。爪切り、切った爪、地図の切れ端がいたるところに、空っぽの宝箱、盾、かけっこ大会の金メダル、柔道大会の銀メダル、きのこ、アイの似顔絵、ひょうたん、鍵、ブロック、傷だらけのドアノブ、パチンコ玉、鳥の羽八種類、花瓶、中に浮かぶ王冠、蜂の死体、AとB、桜の花びら、ラッコから貰った貝……

8:35
ソファーを移動させていると、そこにシマリスが乗ってきた。シマリスは、
「なにしてるの?」
と、首を傾げて聞いた。
「はじめまして」
と優しくシマリスを歓迎し、
「部屋の掃除だよ」
と答えた。
「そうじってなに?」
「散らかっているからね、片付けるんだ。綺麗にするんだよ」
「なんで?」
「部屋が汚いのは、よくないことだからかな」
アイは、床に落ちていた真っ黒のぬいぐるみを拾った。
「なにしてるの?」
「だから、掃除だって」
アイが開発に関わったハンガーの、開発途中にできた失敗作の数々を片付けてると、シマリスが足下へやってきた。
「なにしてるの?」
「だから、掃除してるんだって。シマリスくんは、掃除とかしたことないの?」

しばらく経って。
「いたいいたい、うごけないよー。たすけてー。だれか、たすけてー」
シマリスの声だ。
「どうしたんだい」
「これがね、おちてきたんだ」
陶器の置き物が上にのしかかって、尻尾が挟まっている。
「これがね、どんぐりにみえるんだ。それでとろうとしたんだ」
アイが陶器の置物を持ち上げると、シマリスはとっとこ走り去った。

10:15
掃除もあらかた済まして満足して(アイは意識に入らないようにしているけれど、部屋の奥半分は、まだひどい有様)、休憩することにした。
先日川上から流れてきたゲーム機を見つけたのだ。

巨大なモンスターを狩るゲームなのだが、明らかに違うゲームのキャラであろう陽気なゴリラが岩の隙間から出たり入ったりしているのを見つけて、それを攻撃すると、アイの動かしているハンターは腕がぐるぐる回って止まらなくなり、そのまま地面から落ちて灰色の扉も窓もない部屋に閉じ込められた。

何もできなくなったので、すぐゲームはやめて、少し散歩した。

11:00
散歩の時間にクァシンの家を訪ねてみたけど、どこかへ行っていた。
おじいさんとおばあさんが「帰ってきたら、アイちゃんが来てたって言うね」と約束してくれた。

そのまま家に帰る。
もうすでにかなり空腹なので、早いけど昼食を食べることにした。
何を食べていいか分からない。
ワールドザワールドの女神の部屋を訪ねることにした。

アイは巨大樹の根に住んでいるけど、ワルワルの女神は巨大樹の幹に住んでいる。
アイの部屋の隣から木の幹に板を打ち込んだ階段がぐるりと幹を取り巻いて、ちょうど一周したところに木の扉がある。

アイは扉をノックした。
「はあい。アイー? 入って〜」と鉄の管を通って聞こえてくる。
アイは中に入った。
玄関で靴を脱いで、次の部屋へと。

ワルワルの女神の家はバームクーヘン状になっている。全体が輪状になっているところを、扇型の七部屋に分けてある。だから、玄関には右と左のどちらの部屋にも行けるよう二つ扉があって、右に行くと応接間、左は博物室(ワールドザワールドのさまざまな地方の工芸品や美術品や古物が置いてある)。
アイは右の扉に入って、またその奥の部屋へと進む。
そこは衣服室。
その次は居間。
次が食堂兼台所兼映像射影室。
次は睡眠室、そしてその奥に作業部屋があってその奥が博物室に繋がっている。

アイは作業部屋でやっとワルワルの女神を見つけて、昼食の相談をした。

11:45
ワルワルの女神の家でラーメンを食べた。
そして大量の小麦粉と卵と砂糖を詰めたカバンを背負って帰ってきた。
村や町の空腹だけどご飯を食べられない人や、農村で働く人たちにあげるためのドーナツの生地を作る手伝いを頼まれたのだ。
アイは、頭にかぶって運んできたボウルを家の前の井戸で洗い、水を汲んで、そこに小麦粉を投入。部屋に持ち込んで、次は卵を割って混ぜなくてはならない。

卵をカシャカシャかき混ぜていると、
「いたいいたい、うごけないよー。たすけてー。だれか、たすけてー」
またシマリスの声が聞こえてきた。

「どうしたんだい」
「これがね、おちてきたんだ」
また陶器の置き物だ。尻尾が挟まっている。
「さっきも挟まってたでしょ」
「これがね、どんぐりにみえるんだ。それでとろうとしたんだね」
「さっきも同じこと言ってたよ。それでこれが倒れてきたんでしょ」
「どんぐりにみえて、たべようとしたんだ」
「聞いたよ。しょうがない子だなー。はい、大丈夫? 動ける?」
「なにしてるの?」
「君を助けに来たのさ」
「なんで?」
「もう戻るよ」
「いってらっしゃい」

アイは卵をかき混ぜる。すると、
「うごけないよー」
と声が聞こえた。
見てみると、シマリスの尻尾の上に、陶器の置き物が乗っかっていた。

12:40
「昼ごはんは食べたのー?」
と入ってきたのはクァシン。

アイはとっくに大量の生地を作り終えて、それをワルワルの女神が取りに来るのを待っていた。

「食べたよ」
「ドーナツ?」
「そう」
「何食べたの?」
「ラーメン。クァシンは?」
「食べたよ。おばあちゃんが、うどんを作って待っててくれていたらかさ。ところで……」

とクァしんはアイの後ろへ座った。

「ねえ、何でずっと一人でゲームしてるのさ。こっちも見ずに」

「何か凄いことが起こるかもしれないんだ」

「ふーん。何すごいことって?」

「いるはずのないキャラクターがいて、そいつを殴ると、謎の部屋に落ちるんだ」

しかし、そこから八時間、さっきゴリラを見つけたコースを何度繰り返し探しても、あのゴリラは出てこなかった。

20:00

タニシの女神が部屋の掃除をしている間も、ワルワルの女神が幽霊女神と一緒にやってきてドーナツの生地を持っていくときも、シマリスが陶器の置物に押しつぶされている間も、アイは一日中ゲーム画面を見ていたが、結局何も起こらなかった。
ただ普通にクリアをしただけだった。

「さっきは面白いバグを見つけたんだ」とアイは申し訳なさそうに言った。

「そういうものは、狙ったときには出ないんだよ」

「うーん。次こそ見つけられそうな気がするんだけど」

「……無理じゃないかな。とにかく、僕は帰るね」

クァシンの言った通り、狙った時に出ない。そしていつもその機会は最悪の時を待って来る。
クァシンが帰った後、アイはまた新しいバグを見つけた。

アイは発散できない興奮にそわそわして、立ち上がったり座ったりした。部屋のなかをドタドタと歩き回って、キョロキョロ辺りを見回したりした。部屋を出たり、入ったりしていた。

やがて勢いよく部屋を出ると、部屋を出て地の果てまで走っていった。

夕日の向こうに消えていったアイの行く末を知るものはいない。


25:00
アイは野原で気がついた。
自分がどこにいるか分からない。
ただ一億の星が夜空に輝いてるのを頬張りながら、伸びをした。
夜は寒い。
アイは木の葉を集めて、その山の中に潜った。

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