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[#レトリカル食レポ]五感をとりこにする甘美なよろこび。

愛すべき洋菓子との出会いは、始まったばかりの恋心に似ている。
口に運んだ瞬間のときめきは、待ち焦がれた口づけにさえ近く、
味わいに一目ぼれしても、
その可愛らしい姿に惹かれたとしても、
どちらもその洋菓子を好きになったという事実に変わりない。

小田急江ノ島線「南林間」駅西口を出て、ファミリーマート手前の通りを
入ると欧風菓子の看板を掲げた「クドウ」がある。住所は神奈川県大和市。あの岸朝子さんに代表作の「レーズンクッキー」を絶賛され、東京の青山や銀座にも支店があるこの店の本店にしては地味な立地である。

少し重めの扉を開け、目の前にあるショーケースでお気に入りの菓子を
選んだら、その奥に広がる空間でゆっくりと流れる時間を愉しむ。
手前にある広めのテーブルに椅子に身を預けると、格式ある
老舗ティールームという佇まいに心落ち着く。目の前に御者と客が
楽しげな馬車のオブジェが飾られた、私のいつものお気に入りの席だ。
さて、ここで飲み物と共に店先で選んだケーキを注文してもよいのだが、
私の選択は予め決められている。

ジャマイカ、何度出会ってもときめく、
まさに魅惑の洋菓子。

容姿は単なるチョコレートのボールに過ぎない。うっとりとするような
デコレーションもなければ、フルーツのトッピングも皆無だ。
4つに切り分けられて出されるジャマイカの端正な容姿を包み込むのは、
ベルギーのチョコレート。ナッツが詰まった硬くザラッとした触感が
まずたまらない。そのなかには、ラム酒が染みこんだまあるいスポンジに、胡桃などやはりナッツ類が散りばめられている。実はこのラム酒こそが
ジャマイカ産で、この洋菓子の名前の由来である。

つまりジャマイカとは、いわゆるラムボールなのだが、普通の
ラムボールよりも厚めにくるまれたチョコレートとナッツの歯ざわりが
スポンジから香り立つラム酒の香気と絡み合い、さらにやわらかく弾む
スポンジとそのなかに隠されたナッツのリズムと共鳴し合う。
やがてそれらは、チョコレートの甘みを主旋律に再び凝縮され、
五つの感覚のすべてに響くアンサンブルは、甘さを控えたボリューム
たっぷりの生クリームの登場でたまらなくやさしい陶酔の頂点を
迎えるのである。

小田急江ノ島線沿いの立地のため、清楚なレースのカーテンの窓の向こうには「南林間」駅のホームが見えるのだが、もちろん騒音とは無縁で、
そんな風景のミスマッチにも心そそられる。
やはり上質の珈琲などと共に、様々な感覚をくすぐる甘美で重層的な
世界と遊んでほしい。
まさに五感をとりこにする味わい、その名はジャマイカ。


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