見出し画像

[#レトリカル食レポ]幻のパスタ。

それはもう6年以上も前のことだ。

画像1

潮風に吹かれながら江ノ島大橋を歩いて江の島に渡り、
白くまぶしい灯台に視線を向けつつ305号を海沿いに歩くと、
並ぶヨットのマストが視界に入るが、当時はそこに三角屋根の
「江の島ヨットハーバー ヨットハウス」があった。

1964年の東京オリンピックのヨット競技場として整備された建物で、
2階にはオリンピックの歴史を綴った展示も見られた。
その2階にあった「cafe Prime」のメニューを開いて、
パスタの欄の一番上にあったのが、

「サザエとしらすの和風パスタ」だ。

「磯の香り」とは、これ

まばゆいばかりに“しらす”が盛られたパスタを掬って口に運ぶと、
塩味ベースの奥にふんだんに仕込まれた
サザエの風味がじゅわっと広がり、
しらすの柔らかく弾力ある食感と味わい、
さらに中に隠れた海草が二重三重に“磯の香り”で
舌を恍惚に似た感覚に導く。
それは、かみしめるほどに味覚を超えて、
脳神経にまで広がる錯覚を覚えるほどだ。
鼻腔を捉える香りも含め、
あえて言えばそれは「磯臭い」に近い強さなのだが、
だからこそ、これこそが“磯の香り”なのだと実感する。
サザエの風味がしみ込んだ歯ごたえのある麺も、
武骨にその磯臭さを引き立てて裏切らない。
さらに目の前は湘南の海とヨットの帆が並ぶ絶景。
これ以上、天然の磯の醍醐味を味わう舞台設定があっただろうか。
圧倒されることを避けられないこの“磯の香り”は、
恐らく好き嫌いが分かれるほど強烈な個性を示すが、

「磯の香り豊か」と書かれた凡百のメニューを超然と越えた存在感
は、
たまらなく磯の、いや深遠な海の恵みの至福感で
私の舌をとりこにした。

幻のパスタ

残念なことに、「cafe Prime」は2014年5月末日で
「江の島ヨットハーバーヨットハウス」の建替えのため閉店した。
その後、片瀬に開いた新店にも出かけたのだが、
移転前にオーナーが「やめる」と言われていた通り、
「サザエとしらすの和風パスタ」はメニューになかった。
つい最近も「移転と共にやめました」と言われていた。

しかし、もう二度と味わえないとは思いたくない、
軽々しく「幻のパスタ」などとは言いたくない、
このまま伝説にしてしまうにはあまりに惜しい、
あの「サザエとしらすの和風パスタ」の存在を、

私はいまもまだ、心のどこかで追い続けている。

vcm_s_kf_repr_832x624江ノ島


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?