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Il y a trois étudiants dans la classe. 教室には3人の学生がいます。

フランスという国に憧れを持ったのはいつの頃からだろう。

千葉の片田舎に生まれ育った私とフランスとの最初の出会いはまだ幼稚園生の頃、祖母のヨーロッパ旅行の土産話の中でであった。

旅好きな祖父母は、まだそれほど海外旅行が一般的でなかった時代に、ちょこちょこ外国をふたりで旅していた。

祖母はヨーロッパを周遊したことが一番楽しかったと話し、特にフランスは街並みも美しく食事も美味しかったとその時見たものや食べたものの詳細まで小さな私に語った。

祖母は土産話を必ずこのフレーズで締めた。
「のりちゃんもフランスに行ったら絶対に好きになると思うよ。」

家には日本の昔話と海外の昔話の絵本全集があった。私はそれを読むのがとても好きだった。いつも手に取るのは海外の昔話の方で、かちかち山よりはブレーメンの音楽隊、かぐや姫よりは親指姫を好んだ。中でも一番好きだったのは「シンデレラ」。ドレス姿のシンデレラの挿絵が本当にきれいで、お話の展開もドラマチックだった。私が読んだバージョンではシンデレラをいじめていた継母と義姉妹たちの顛末がかなり惨めに描かれており、勧善懲悪系の話が好きだった私はその絵本を何度も読み返していた。

表紙にはタイトルの他に、『ペロー・フランス』と書かれていた。「ペローって面白い名前だな。」と思ったのと、そのペローが祖母がよく話すフランスという国の人だということが印象に残った。

もうひとつは、家にあったお菓子の缶の模様だ。これは日本のお菓子屋さんのものだと思うが(どこのメーカーかはわからない)、白地にエッフェル塔や凱旋門、トリコロールの旗の絵などが描かれていた。湿気を嫌うクッキーなどを祖母がそこに入れていた。「これはフランスのパリの絵だよ。」
私はその缶の上のパリをぼぉっと眺めることが多かった。

小中学生になると、フランスという国のことはさっぱりと忘れてしまい、英語が大好きになった。英会話スクールに通い、英語の教材を使って家でも勉強した。前出のアンドリューというアメリカ人がホームステイしていたこともあり、私はアメリカという国に興味を持った。

中3になるとNHKで放送されていた「ビバリーヒルズ高校白書」というドラマにハマり、高校生のくせに車で登校、ピーチピットという洒落たダイナーでバイトをし、親の不在に飲酒を伴うパーティーをやらかすような自由の国アメリカに将来住んでみたいという夢を持った。

高校に入り、部活も勉強もせずに毎月2回のオリーブの発売日を楽しみに生きるようになると、オリーブの誌面に出てくるパリジェンヌたちの生活に興味を持つようになる。パリのスナップページでは特に派手な服装でもないのにおしゃれに見える「雰囲気」を持ったパリジェンヌの写真を見てはため息をついたものだった。芋っぽい自分とのギャップが辛かった。
また、オザケンの影響で渋谷系の音楽を聴き始め、その流れでカヒミ・カリィにも出会うことになる。彼女のFMラジオ番組を聴き始め、そこで紹介される洋楽、邦楽問わずの「かっこいい音楽」に出会い、それまで全く知らなかったフレンチポップスに痺れた。
ユゴーやフロベール、サガンやカミュなど、本屋で売っているフランス人作家の小説を読み始めたのもこの頃だ。時代もテーマもバラバラだったがフランスものだから良いのだと、地元で手に入る「フランスのもの」に手当たり次第に当たるようになる。このあたりでとうとう「フランスかぶれ」の傾向が出てきた。

フランス語を独学しようと東京に行った時にフランス語の超入門書を買った。この本の内容は今思い出してもひどいもので、文法のきちんとした解説がなく、この1冊での独習は不可能だった。
ただ例文にカタカナで発音のルビが振ってあったのと、例文をフランス人が読むだけのCDがついていたので、それを聴きながら私は何度も例文を繰り返した。

イリヤトロワゼチュディヤンドンラクラス。
Il y a trois étudiants dans la classe.
(教室には3人の学生がいます。)

私はご満悦だった。あのスナップ写真のパリジェンヌたちと同じ言語で話しているのだから。
パリの学生になった私が教室に入って行き、「イリヤトロワゼチュディヤンドンラクラス。」とつぶやくと、私の他に2人しかいないクラスメイトたちは「ウイ!」と答えてくれるのだから!!


こうして私はどんどん「フランス」にのめり込んでいき、高校卒業後は仏文科か仏語科に進むことに決めた。
両親は一度だけ英語にしておいた方が後々潰しが効くのではないかと言ったが、もう完全にフランスの虜となっていた私は聞く耳を持たなかった。


ここまで読んでいただいてお気づきかもしれないが、私はこの進路決定の時点でフランスに行ったこともなければ、フランス人に出会ったこともなかった。
ただ本を読み、音楽を聴き、写真を見てその未訪の地に心を寄せていたのだ。
私は「フランス」という概念に恋をした。それが実存のものかもわからないままで。

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