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戦略論 1994-1999 (DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー編集部)

1994年~1995年

 「ハーバード・ビジネス・レビュー」は、ハーバード・ビジネススクールの機関誌で、数多くの著名な論文を掲載してきました。
 本書は、それらの中から「戦略」に関する論文をピックアップして採録したものです。

 ここでは、それらの論文の前半、1994年~1995年のものから、私の興味を惹いたくだりを覚えとして書き記しておきます。

 まずは、第1章、H.ミンツバーグ教授の1994年の論文「戦略プランニングと戦略思考は異なる」より。

(p14より引用) 日常に存在する微細な事柄に無関心であってはならないのだ。そのようなことにみずから触れながら、そのなかから戦略的なメッセージを抽出できる人こそ戦略家たりえる。大きな絵も精緻な筆使いで描かれているものだ。

 「真実は細部に宿る」、と同時に「ビッグピクチャ」を描くこととのバランスの重要性も指摘しています。

 第2章、J.バウアー教授・C.クリステンセン教授らによる1995年の論文は、ベストセラー「イノベーションのジレンマ」に先立ち主要な論点を開陳しています。
 本論文がショッキングであった点は、従来当然のこととして優良企業が重視していた教義の、それに内在している陥穽を明らかにしたことです。それは、「顧客の声に耳を傾けることの限界」の指摘でした。

(p31より引用) 顧客の声に耳を傾け、彼らが要求する性能を備えた製品を提供したが、これら顧客が無視した技術によって、手痛いダメージを被ることになった。

 ここでのポイントは「顧客の声」の意味するところです。
 ここにいう「顧客」は「既存顧客」であり、そのニーズは「現在の延長線上のもの」だということです。そこから導き出されるひとつの教訓を、著者たちはこう記しています。

(p40より引用) 既存顧客のニーズには合致しない破壊的技術の将来性に注意することで、次の波に乗ることができるというものだ。

 この指摘は、ドラッカーが、「ノンカスタマー(非顧客=現在顧客でない顧客)」に目を向けよと説いている点と同根のものです。

 第4章、D.コリス教授・C.モンゴメリー教授らによる1995年の論文「リソース・ベースト・ビューの競争戦略」は、従来のポーター教授の競争優位の論に代表される「外部環境」重視の考え方と、プラハラッド教授らによるコア・コンピタンス論等の「企業内部」に競争優位を求める考え方とを結びつけるものだと説明されています。
 その際の留意点として1点、テイクノートです。

(p122より引用) 自社の重要資源を評価するに当たっては、外部の客観データに基づいて判断するよう、肝に銘じなければならない。しかし、コア・コンピタンスは直感的に判断されやすく、正しい答えに到達するうえで欠かせない綿密な調査や詳細な分析を怠る傾向が見られる。

 内部的視点のみで採用される安易な「コア・コンピタンス」論に対する重要な警鐘です。

1995年~1996年

 「ハーバード・ビジネス・レビュー」からの「戦略」に関する論文のピックアップ。そのうちの中期、1995年~1996年のものから、私の興味を惹いたくだりを覚えとして書き記しておきます。

 まずは、第5章、ブランデンバーガー教授らの1995年の論文「コーペティション戦略」
 この論文では、Coopetition(協調しながら競争する)という興味深いコンセプトが提示されていました。勝つか負けるかだけでなく、双方が勝つ状況を模索する考え方です。

(p152より引用) 双方が勝つ戦略を探すことには、いくつかの利点が存在する。第一に、この戦略はそれほど探求されてきていないので、新しい種類の戦略を見つけることのできる可能性が大きいということである。第二に、この戦略は他者をその領域から排除しようとするものではないので、他者の抵抗が少なく、用いやすいということである。第三に、双方が勝つための行動は相手の復讐を招くものではないので、新しいゲームはより持続可能であるということである。最後に、「双方が勝つための行動」の模倣は害となるのではなく、利益になるということである。

 ちょっと前からの言い方では「Win-Win」の関係を築くアプローチですが、これをゲーム理論をベースに、より意図的な戦略レベルで提言したものといえます。

 次にご紹介するのは、第6章、M.ポーター教授による1996年の論文「戦略の本質」です。
 ポーター教授は、この論文で、日本が得意とする「オペレーションのカイゼン」は戦略にあらずと断じています。

(p208より引用) オペレーションの効力がこの10年ほどで飛躍的に向上したのち、多くの企業は収益逓減に直面している。継続的改善は、企業の経営陣の頭に刻み付けられた。一方でそのためのツールが、気づかぬうちに、企業を物真似と均質性の世界に引きずり込んだ。経営陣たちは少しずつ、オペレーション効率を戦略の代替としていった。その結果起こったことは、ゼロ・サム競争、価格の停滞や値下がり、コストへの圧力だった。コストに圧力がかかったことで、企業は長期を見据えた投資もできなくなっていった。

 戦略は「独自の活動」であって、他と差別化できるオリジナリティが必要だとの考えです。

 しかしながら「オペレーションの効率化」は不要と論じているのではありません。

(p247より引用) 経営者はオペレーション効率と戦略を、はっきり区別しなければならない。両者はともに不可欠だが、なすべきことは異なる。
 オペレーションについて実施すべきなのは、トレードオフが存在しないところではどこでも、継続的改善を進めることだ。これを実施しなければ、たとえよい戦略を持つ企業であっても脆弱さが生じる。・・・対照的に戦略では、独自のポジションを定義し、トレードオフから選択し、フィットを強めるのが正しい。

 ポーター教授は、「戦略の敵は、気を他にそらすことと妥協である」と主張しています。まさに「選択と集中」です。さらに言えば、ポーター教授がいう「選択」は「トレードオフの関係」からの選択を指しています。

(p246より引用) 戦略は「何をすべきか」とともに、同じくらい重要な「何をすべきでないか」を示す。実際、制限を設けることはリーダーの役割の一つだ。・・・したがって戦略には、規律とコミュニケーションが求められる。戦略を明確にし、よく伝えることが重要だ。

 この指摘は普遍的に正しいものですね。どんな戦略をとるとしても、その実行の際の要諦です。

1998年~1999年

 「ハーバード・ビジネス・レビュー」からの「戦略」に関する論文のピックアップ。後半、1998年~1999年のものから、私の興味を惹いたくだりを覚えとして書き記しておきます。

 まずは第7章、M.グールド氏らの1998年の論文「シナジー幻想の罠」
 この論文は、シナジー追求の流れに対して一歩立ち止まってみる冷静な視点を提起しています。

(p287より引用) 我々は「シナジーに懐疑的すぎる」と非難されることもある。・・・そのとおりだ。我々は、経営者が介入する場合、もっと慎重に機会を選択すべきだと考えている。あまりに多くの経営者が簡単にシナジーを実現できると考え、コラボレーションや共同作業を何の疑いもなく理想的な状態だと思い込んでいるからだ。

 そして、経営者がこのような考え方に陥る原因として、著者たちは以下のようなバイアスの存在を挙げています。

(p262より引用) 経営陣はシナジーの実現こそみずからの責務だと信じているため、四つの偏見に陥りやすい。第一は「シナジー・バイアス」でシナジーの効果を過大評価し、それにかかるコストを過小評価する傾向である。第二は「ペアレンティング・バイアス」で、自分が事業ユニットを協力するようおだてたり、反対にせっついたりしてやらないと、シナジーを実現できないという思い込みである。これに付随してもう一つ現れるのが第三の「スキル・バイアス」で、シナジーの実現に必要なノウハウはすべて社内調達できるという思い込みである。最後は「楽観バイアス」で、シナジーのもたらす潜在利益にばかり目がいき、機会コストなどのマイナス面を看過する傾向である。

 冷静に試算した際のメリットが小さいのであれば、シナジー追求には慎重になるべきだというアドバイスです。この指摘は私自身にも大きな反省を促すものですね。

 さて、最終の第8章は、D.サル教授の 1999年の論文「なぜ成功企業ほど低迷していくのか」。「成功体験の陥穽」をテーマにした論文です。

(p303より引用) リーディング・カンパニーにその成功の秘訣を尋ねると、口を揃えて、「他社と違う斬新な手法、たとえば戦略フレームワークや事業プロセス、リレーションシップ、価値観などを独自に組み合わせた結果だ」と主張している。・・・
 そのうち、この成功システムは硬直化し始める。・・・そして、ひとたび市場環境が変わると、ほかならぬ「成功のセオリー」が、皮肉なことに、その企業の首を絞めることになる。

 経営判断の拠り所だった「戦略フレームワーク」は「判断を曇らせる色眼鏡」に、効率化された「業務プロセス」は「マンネリズム」に、従業員・顧客・サプライヤとの良好な「リレーションシップ」は「しがらみ」に、事業ベクトルを合わせるための「価値観」は「教条主義」に一転してしまうのです。

 こういった成功体験の問題点の指摘も簡明で分りやすいのですが、その陥穽に陥らないようにする対策も現実的で、むしろそちらの方が新たな気づきになりました。

(p316より引用) もっとも、その愚かさから目が覚めても、早計に行動を起こしてはいけない。・・・何もかもいっきに変えてしまうと、かえって弊害が大きいと言うのだ。・・・ショック療法は、一歩誤れば致命的な副作用を生みかねない。

(p319より引用) それよりも、伝統と資産を大切にするほうが賢明である。改革の処方箋として、旧来の戦略のフレームワークや業務プロセス、リレーションシップ、価値観などを問い直すような号令をかけつつも、過去の素晴らしい遺産はそのまま活用すべきなのだ。

 サル教授は、「最大の敵は無為無策」という先入観は捨て去るべきだと説いています。

(p315より引用) やみくもに行動を起こしても、問題を解決できるわけではない。むしろ、むやみに動くと、かえって泥沼にはまることが多い。「どうしたものか」と浮き足立つのではなく、「何が問題だろうか」と冷静に分析することが大切だ。そうすれば、判断を狂わせている根源が見えてくる。

 まさに基本的動作です。



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