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Think Simple ― アップルを生みだす熱狂的哲学 (ケン・シーガル)

(注:本稿は、2012年に初投稿したものの再録です)

Think Brutal

 著者のケン・シーガル氏は、アップルの印象的なキャンペーンである「Think Different」に携わった有名なクリエイティブ・ディレクターです。

 そのシーガル氏が、アップルの様々な経営姿勢に通底する「シンプル」という哲学を豊富な具体例を示しながら紹介していきます。

(p10より引用) アップルと仕事をしたことのある者ならば、シンプルなやり方がかならずしも一番簡単なやり方でないことを証言してくれるだろう。それはときとして、時間もお金もエネルギーも余計に要する。人を不快にすることもあるだろう。だが、たいていの場合、かなりよい結果をもたらすのだ。

 本書では、10の章でアップルの「シンプル」という哲学のエッセンスを説明しています。それらの章で語られている事実やコメントの中から印象に残ったものを以下に書き留めておきます。

 まず、「第1章 Think Brutal 容赦なく伝える」の中で言及されている誰しも経験のあるシーンです。

(p28より引用) たとえばクライアントから、あなたの仕事に致命的な欠点があるとうちのCEOが考えている、という話を聞かされたとしよう。実際のところCEOは、何か簡単に対処できるようなことに対してコメントしただけだったのかもしれない。だから、その話は伝えた人の解釈である可能性が高い。つまり、自分の優先課題というプリズムを通して物を見ているのだ。そこで、あなたとチームが真実を確かめないままにプロジェクトの再考を始めてしまうと、その瞬間に複雑さが入りこんできて、プロジェクトをダメにしているのだ。

 アップルではこういった不明瞭さはないといいます。自分の立ち位置や目標が明確だからです。

(p29より引用) スティーブは自分が実行している素直なコミュニケーションを他人にも求めた。もってまわった言い方をする人間にはがまんできなかった。

 「人の言ったことの真意をあれこれと詮索する」ことほど無駄なことはありません。詮索するぐらいなら直接確かめればいいのです。もちろん、そもそも不明瞭な話をせず、常に正直に率直に語っていれば、「詮索」の必要すらなくなるというわけです。

 「シンプル」は妥協の余地のない「完全」を求めます。

(p30より引用) 一番気がかりなことは、妥協によってあなたは、自分が信じてもいないアイデアを擁護するという、ビジネス上もっともまずい立場に陥ることだ。

 こういったシーンは私自身も数多く経験したことがあります。とりあえずスモールスタートで次のステップに進ませようとか、ともかくトライヤルとしてやってみようとか・・・、こういう物事の進め方はアップルでは通用しないようです。

(p39より引用) 物事を未解決のまま残しておくと、人は先のことを考えるよりも、過去を振り返ることに多くの時間をかけてしまう。そのときに複雑さが忍びこんでくるのだ。

 停滞から脱却するための「複雑さ」は確かにひとつの現実の姿ではありますが、それは目指すべき理想ではありません。

Think ○○

 著者のケン・シーガル氏は、Apple社のプロモーションを担当する広告会社のクリエイティブ・ディレクターという立場なので、良し悪しはともかく、一つの方向からみたジョブズ氏像を語っています。
 ただ、もちろん大半は、ジョブズ氏を取り上げた多くの著作で紹介されているものと軌を一にするものです。

 たとえば、「第7章 Think Casual カジュアルに話し合う」で取り上げられたSimpleに反する「気に入らないプレゼン」のくだりです。

(p191より引用) 三つの文章で言えるところを20枚のスライドを見せられると、スティーブはもうがまんできなかった。・・・巧みなプレゼンよりも、率直な話と加工されていない中身を好んだ。

 至れり尽くせりのお化粧を施したプレゼンは、アイデアそのもののブラッシュアップよりも、その装飾に時間を費やしているかのうように感じられます。そもそも、パワーの使いどころが分かっていないんじゃないの?と思ってしまうのです。

(p192より引用) スティーブにとって一番心地いい会議は、テーブルとホワイトボードだけがある場所でおこなわれる正直な意見交換だった。

 そうですね、この感覚はとてもよく分かります。

 こういった私も同調できる部分がある反面、Appleの思想の中にはどうしてシンパシーを感じないところがあります。
 私もAppleの製品はいくつか持っています。が、(好みの違いかもしれませんが、)私としては、必ずしもそのUIに満足してはいません。過度なSimpleさを追究しているが故に、どこかに無理が感じられるのです。

(p228より引用) ある意味では、アップルを傲慢だと考えている人にアップルは関心がない。彼らは顧客ではないし、顧客になりそうな人でもないからだ。アップルはその価値観を共有する人のことは気にかけている。そして、そういう人は近年、大きく増えているので、アップルのビジネス哲学は支持されているのだと言える。

 私はAppleの熱狂的なファンではありません。Appleもone of themとの立場です。この「第8章 Think Human 人間を中心にする」の中での著者のコメントは、まさに私の抱いている印象を言い表していますね。

 さて、本書では、Appleの基本哲学である「Simple」の具体的要素として、

「Think Brutal 容赦なく伝える」
「Think Small 少人数で取り組む」
「Think Minimal ミニマルに徹する」
「Think Motion 動かし続ける」
「Think Iconic イメージを利用する」
「Think Phrasal フレーズを決める」
「Think Casual カジュアルに話し合う」
「Think Human 人間を中心にする」
「Think Skeptic 不可能を疑う」
「Think War 戦いを挑む」

の10の「Think ○○」を挙げています。
 その一つひとつを独立してみてもとても有用なアドバイスになっているのですが、これらは今の社会や企業のあり様の中ではどうやら異端のようです。それゆえに「Think Different」というAppleのメッセージがが強烈なインパクトをもって受け入れられたのです。

 この「Think Different」の中核に位置するのが「Simple」というコンセプトですが、それを最もよく説明していると私が感じたフレーズを最後にご紹介しておきます。

(p179より引用) 他人の仕事から目標を設定したり、刺激を受けたりするのはいいことだ。だが、シンプルさは、自分の歩く道をしっかりと見つめ、自分の会社の価値に忠実でいることを求める。それは本物でありたいかどうかの問題だ。

 妥協を許さず、余計な装飾を削ぎ落として「本質」を突き詰めるこだわりと厳しさの姿勢です。



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