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私塾のすすめ-ここから創造が生まれる (齋藤孝・梅田望夫)

 新書では御馴染みの同年代二人の対談です。
 活動の舞台が異なっているなか、二人の思考の「相似」と「相違」がなかなか面白かったです。

 齋藤氏は、「言葉」「単語」にこだわりを見せます。
 例の「○○力」に代表される類ですが、本書では、たとえばこういったフレーズです。

(p52より引用) リーダーとは、役職以上に、「ポジティブな空気をつくることのできる人」だと言えますね。

 こういった一言で主張を紡ぎだす力は、(好き嫌いはあるかもしれませんが、)確かに優れていると思います。齋藤氏自身も「コンセプト」への注力を自ら語っています。

(p103より引用) もともと言葉がなかったのに、焦点があてられることによって、そこにみんなの経験が結晶化するような、そういうものをコンセプトと呼ぶとすると、そういうコンセプトを出すというが、論文でも大事なことだと思っていました。

 他方、梅田氏の方です。
 梅田氏の本はいままでも何冊も読んでいますが、氏の考え方について、初めて本書で気づかされた点がありました。

(p129より引用) 人間が人間を理解するとか、ある人が何かをしたいと思ったときに、相手がきちんと受け止めてくれるということのほうが、めったにおこることでない。そういう事実を、ベースにおかなきゃいけないと僕は思います。

 ネットの世界の可能性については比較的楽観的な考え方をされているように感じていたのですが、リアルな社会に向き合う姿勢は、いたって現実的です。
 梅田氏は、自らの経験をもとに、そういう“ノーという反応が当たり前”という現実をふまえて、弛まぬチャレンジ・へこたれぬ行動を勧めています。

 最後に、本書のタイトルにもある「私塾」の可能性についてです。

(p196より引用) 現在の日本で、幕末の適塾のような「私塾」をそのままの形で望むばかりでは懐古的になる。「私塾的関係性」を大量発生的に生み出せる可能性がインターネットにはあります。直接面識のない人との間に、学び合う関係を築く不思議な事態がすでに起こっている。

 齋藤氏は、「私淑」をベースにした「私塾」をイメージしています。
 梅田氏は、「志向性の共同体」というコンセプトを提示しています。一緒に何かを創造したいというそういう気概をともにできるグループです。

 こういう相手は、通常の限られた人間関係の範囲で見つかることは極めて稀です。梅田氏は、志向性をともにする仲間の発見の可能性をネットに求めています。ネットの圧倒的な拡がりが、「共同体」の形成を可能にするとの信念です。
 同じ志向性のもと興味を共にし、それを高めていこうというインターネット空間での共同の営みが梅田氏のいう「私塾」なのでしょう。
 おもしろいチャレンジだと思います。


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