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もっといい会社、もっといい人生 ― 新しい資本主義社会のかたち (チャールズ・ハンディ)

(注:本稿は2012年に初投稿したものの再録です)

 会社の同僚の方の推薦で読んでみた本です。
 チャールズ・ハンディ氏の著作を読むのは初めてですが、「英国のドラッカー」と称され欧州を代表する経営思想家だそうです。

 本書は、1997年の著作ですが、その当時から市場至上主義・新自由主義の陥穽を的確に捉え、それに警鐘を鳴らしています。
 第1章のタイトルは、まさに文字通り「市場原理だけではうまくいかない」です。

(p28より引用) 理論的には、市場はあらゆるものを平準化させる。最終的には、すべてのものが最も優れた、あるいは最も安価なものに追いつくはずだ。だが実際に起きている事態はどうか。

 市場原理に基づく効率性の追求は、社会全体としては大きな歪を生み出しました。
 著者は、トヨタの「ジャスト・イン・タイム」方式をひとつの例として紹介しています。「工場の生産にあわせた部品を運ぶトラックの列が付近の道路の大渋滞を引き起こし、結果、税金による道路整備が必要になった」、つまり、トヨタは自らの改善コストを国民にツケ回ししたというのです。

 もちろん、効率性の追求による歪は日本だけの事象ではありません。

(p46より引用) 米大統領ジョン・F・ケネディの「上げ潮にのればすべての船が上がっていく」という想定は、間違っていたことがわかった。たとえ、すべての船が多少は動くとしても、一部の船が、他のものよりずば抜けて高く上がることになる。効率の追求は、社会をそうした一握りの者向けには有利に、ほかの多数の人々には不利なように傾斜させる。

 富の偏在の拡大という格差社会の出現はその最たる表出形ですし、先のサブプライムローンに端を発した金融危機も、利益最優先の金融工学等行き過ぎた新自由主義的手法が誘起させたものでした。

(p159より引用) 放任して、物事が最良の方向にいくとは限らない。自由放任には価値観というものが入っていない。他人に対し、だれも責任を取りはしない。これでは不適切な利己主義で、自己破壊になりかねない。

 著者は端的に市場原理主義を否定しています。

 さて、本書では、あるべき資本主義を説いた経営論のみならず、著者の経験にもとづく人生訓も豊富に語られています。
 それらの中で、私の印象に残ったものとして「成長」についての著者の指摘を書き留めておきます。

(p120より引用) 成長とは、同じ次元での拡大を意味するのではない。量的拡大より質的向上を意味するのだ。・・・私たちは、大きさが十分な点に達したときを知らなければならない。

 量的拡大には際限がありません。際限がないということは充足感がないことでもあります。「十分を知る」「足るを知る」、これにより人は「次なる高み」を目指す切替ができるのです。

(p122より引用) 一般的に見て、「充足」の論理を認めない社会では、社会の富に第一の選択権をもつ人が富を私有化するため、倫理不在に近い行きすぎが生ずることになる。

 この指摘は重要です。
 著者は、すでに1990年代後半、規制緩和により市場至上主義に向かう日本の状況をみて、「失業」「羨望」「暴力沙汰」が日本にも見られるようになると予言しています。

 本書で、著者は「適正な自己中心性」というキーフレーズをよく用いています。個人としては「利己と利他とがバランスよく調和した姿」であり、同様の姿勢を企業にも求めています。
 それにより「品位のある資本主義」が実現されるというのが著者の主張です。



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