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創発するマーケティング (DNP創発マーケティング研究会)

「創発」社会の担い手

 「創発」とは、
「自立性と多様性をもった個と個の相互作用のなかから、その総和を超えた予期せぬ現象が生み出され、その結果がまた個に影響を与える」状態
を意味する概念ですが、こういった概念は、かなり以前から経営学の分野では扱われていたそうです。

 最近では、この「創発」概念はマーケティングの世界でも注目されています。

(p201より引用) すべてがすべてに影響を及ぼす可能性をもった有機的な市場で、企業はいま、マーケティング戦略の変換を余儀なくされている。買ってもらう関係から、参加してもらう関係、そして参加するだけではなく、それ以上に価値を生み出してもらう関係を築かなくてはならないのである。

 生産者である企業から消費者である生活者へという従来型の「一方方向の関係性」であった状態から、昨今は、企業と生活者・生活者と生活者・企業と企業の間に「双方向の関係性」が生じはじめ、これまでとは異なるコンテキストのなかで新たなマーケティングが議論されるようになったのです。

 本書の著者の一人である井関利明氏は、こういった創発社会の担い手として「知的中間層」の登場を指摘しています。

(p39より引用) かなりの知的程度をもち、メディア・リテラシーを備えた多数多様な人びとが、伝統的なテクノクラートや専門家とは異なる地平に、新しい「知的中間層」として登場してきたように思われる。この意味での「知的中間層」こそが、「創発社会」の新しい担い手となり、またビジネスの未来をも大きく左右する新しいパワーなのだろう。

 また、相互関係性を活性化するためには、従来型のリーダーとは異なるタイプのリーダーが求められていると言います。

(p137より引用) 組織における価値創造、合意形成、問題解決を推進するに当たって、その内容(コンテンツ)に直接かかわるのではなく、議論の過程(プロセス)をデザインすることにより、チームの成果を高めていくような支援型リーダーをファシリテーターと呼ぶ。・・・組織の創造性が求められる今日、マネージャー(管理者)やリーダー(先導者)以上に、こうしたファシリテーター的な人物像が求められている。

 今日(注:投稿当時)、多くの企業は、Web2.0やCGM(こういった呼び名も最近はあまり耳にしなくなりましたが・・・)の流れを受け、顧客との双方向コミュニケーションの場すなわち「創発」を生起させる様々な仕掛けを準備しています。

 こういった動きは、近い将来のマーケット・ブレイクを予感させるものではありますが、同時に、本書ではそのリスクも指摘しています。

(p115より引用) 消費者参加を仕掛ける、打てば響くようなハイコンテクスト環境にあるかどうかの判断が不可欠といえる。
 今日、仕組みだけは立派なキャンペーンサイトが「炎上」し、数週間で閉鎖に追い込まれるという事態も珍しくない。つまり、消費者の能動性・創造性は、ネガティブな方向においても強く作用する、という点も認識しなければならないのだ。
 創発(emergence)の語源と、危機(emergency)の語源は同じということだが、やり方次第では強いネガティブ反応が返ってくるというリスクも考慮せざるを得ない。

従来型手法との創発

 本書では「創発マーケティング」を実践している事例をいくつか紹介しています。

 その中のひとつ、「ハーレーダビッドソンジャパン(HDJ)」の奥井社長は、従来型の「顧客囲い込み戦略」に対して大きな疑念を表明しています。

(p265より引用) 奥井社長は、自動車産業に従事してきた経験をもとに、アメリカ発の従来型のマーケティングに対して、「顧客を囲い込むことなどできない」とする根源的な問題を提起した。その背景には、「顧客囲い込み」をベースにする生涯顧客論が、時に顧客視点の重要性を強調しておきながら、実は、優良顧客の選別という名の下に、企業が自ら発した価値観を顧客に押し付け、顧客を操作できるという顧客視点を無視した考え方を前提にしているとの認識がある。

 今日の顧客は、商品の提供者である企業と同等もしくはそれ以上の情報を保持しています。そういう情報共有/発信型の顧客をベースに置くと、マーケティング・コミュニケーション戦略も大きく変化せざるを得ません。

(p168より引用) いままでの広告効果のモデル、AIDMAモデルにしろ、DAGMARにしろ、最終的なゴールはaction、すなわち「物の購入」で終わっていた。それは消費者間の相互作用がほとんどなかった時代だからこそ考えられるモデルであり、いまはそうはいかない。Actionの後の情報の伝達、共有までも考えたモデルが必要となってくる。

 本書において著者たちは、次のマーケティングメソッドとして「創発」マーケティングの重要性を主張しています。
 しかしながら、その「創発」をプロセスとして取り込むためのマネジメントスタイルは、従来型となんら矛盾するものではないと主張しています。

(p280より引用) 計画・管理は、当初の予定を何が何でも貫徹させる、というものではなく、その本質はPlan-Do-Seeのサイクルを効率的に回すことにあり、変化する状況をこのサイクルに取り入れ、計画・管理そのものを戦略的に変えていくことを目的としている。そこには、創発を取り込むことも既に含意されているとみてよい。

 偶然を排除するのではなく、偶然を取り込んで新たな計画・管理のサイクルをまわすことが、「創発」を活かすいわば止揚された行動スタイルなのです。

(p268より引用) 「創発」を意図したマーケティングとは、マーケティング活動の全体が、マーケティングを構成する諸要素(例えばマーケティングの4Pのように、決定論的に顧客の振る舞いを操作する手法)によってもたらされる成果の総和としてかたちづくられるのではなく、諸要素間の「振る舞い」の相互作用が、全体として当初の「仕掛け」の範疇を超えた成果をもたらすということを、あらかじめ戦略に織り込む行動様式といえるだろう。ここでの「仕掛け」の範疇を超えた成果とは、新たな需要の発見かもしれないし、新たな戦略の発見かもしれない。



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