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文学フシギ帖 ― 日本の文学百年を読む (池内 紀)

(注:本稿は、2012年に初投稿したものの再録です)

 いつも行っている図書館で目についた本です。
 池内紀氏の著作を読むのは「世の中にひとこと」に続いて2冊目です。

 日本文学の素人向けの入門書のような内容を想像していたのですが、実際には、著名な作家や有名な作品を材料にした池内氏得意のエッセイでした。
 その中からいくつか印象に残ったところを書き留めておきます。

 まずは、歌人与謝野晶子をとりあげた「晶子と世界標準」の節から。
 晶子の代表作のひとつ、長詩「君死にたまふことなかれ」に顕れた晶子の批判精神です。「君」とは日露戦争旅順口包囲の軍中にあった弟のことです。

(p40より引用) この詩は有名だが、発表後ただちに激しい非難があびせられ、晶子がきちんと反論したことは知られていない。・・・
 「当節のように死ねよ死ねよと申し候こと・・・」
 時代の言葉である古風な言いまわしながら、晶子は明快に答えている。忠君愛国を言い立てる人は、自分は安全な場所にいる。教育勅語などの権威をかさに死を美化するほうが、「かえって危険と申すものに候わずや」
 時代への発言者与謝野晶子の誕生である。

 歴史の潮目の変化を感じていた晶子は、いつまでも「万葉集」や「古今集」の「標準」で批評されることは迷惑だと訴えていました。

 もうひとつ、大正から昭和初期の代表的な人気作家菊池寛についての著者の評価を語ったくだりから。
 数多くの作品を世に出した菊池寛ではありますが、現在なお読むに堪える作品は、「恩讐の彼方に」「入れ札」「父帰る」等数作に過ぎないというのですが・・・。

(p100より引用) あれほどの多作にもかかわらず、残ったのはこれだけ、というのはまちがいである。あんなにどっさり書いたのに、たしかに後世に残る幾篇かを世に贈ったところがスゴイのだ。

 これは、なるほどという指摘ですね。こういった指摘を目にすると、ちょっと読んでみようかという気がしてきます。

 そのほかにも、本書で取り上げられた作者・作品の中には気になるものが多いですね。今まで知らなかった須賀敦子もそうですし、はるか昔に読んだ堀辰雄川端康成も、もう一度手にとってみましょう。



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