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小説「魔法使いのDNA」/#021

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慎太郎

 僕の父はもうこの世にはいない。
 18年前、僕が10歳の時に病気で死んでしまった。

 だけど、僕の家族は誰も父が死んだなんて思っていない。
 なぜなら、もうすぐ会えるからだ。
 もうすぐ会えるのだとしたら死んでいるというよりも、ただ遠くで暮らしているような感覚だ。

 死と向き合うことはつらいことだ。
 いままで生きていた人がただの死体という物体になって、大きな箱に詰められて、焼かれてしまう。
 後に残るのはグシャグシャになった骨と歯だけ。

 何十年かの人生の中で、ほんの一瞬だけ自分の人生に関わる人がたくさんいる。
 偶然どこかで出会って、仲良くなって、すぐにさよなら。
 そのまま、もう二度と会うことがない。

 もう二度と会わない人なら、自分にとっては死んでしまったのと変わらない。
 だけど二度と会えなくなる一生の別れの瞬間にも死ほどの悲しみは感じない。
 生きてさえいれば、いつか会えるという希望があるからだ。
 その希望が悲しみを和らげてくれるのだ。

 父が死んでしまって、箱に詰められて焼かれて骨になって、壺に入れてお墓に埋めるまで僕は立ち合ったけれど、その骨は本当に父のものだったのだろうか。
 どうにも骨と父が僕の中ではつながらない。

 父は亡くなる前に、「お前の結婚式に出席した」と僕に言った。
 つまり僕の結婚式の日には生きて僕たちの前に現れるということだ。
 それはたった一日のたった一瞬のことなのかも知れないけれど、もう一度会えるのならば、僕たち家族の中では、父は死んでいないのと同じことだった。
 連絡の取れない遠い場所にいるだけ。
 それがたまたま外国とかではなくて天国であるという違いがあるだけ。

 死んだはずの父が結婚式に参加するという魔法。
 
 僕たち家族は父が魔法を使うということを知っていたから、父が本当に僕の結婚式に現れることを信じていて、これっぽっちも疑ってはいない。
 だけど、もしも父が結婚式に現れなかったとしても、もうすでに充分に父の魔法は効いている。

 父の魔法によって僕らは今まで生きてきたのだ。
 父と会えるその日を夢見て僕たち家族は生きてきた。
 父と会えることをモチベーションにして毎日を楽しく生きて、辛い日々さえも乗り越えてきた。
 だから、それこそが、すでに魔法なのだ。

 「新婦さんのお支度ができましたよ。」
 結婚式場の新婦に付き添ってくれている年配の女性スタッフが僕に声を掛けた。
 その声のあとから、僕の最愛の女性が白無垢姿で現れた。
 なるほど、確かに父が羨むくらいの美人だ。
 
 僕は掛ける言葉が決まらずにただ黙って見とれていた。
 「お綺麗でしょう?」女性スタッフが僕に聞いた。

 「・・・綺麗だよ。」ようやく言葉が出てきた。
 僕の妻は「ありがとう。」と言って微笑んだ。

 「慎さんのお父さんに会えると思うと、緊張する。」
 僕は父のことを新婦に話していた。
 彼女は僕の突拍子もない話を全然馬鹿にすることなく、素直にそのまま受け容れてくれた。
 さすが僕がこんなに広い地球の中で選んだ女性だけのことはある。
 さすが父の遺伝子が選んだ女性だけのことはある。

 親類縁者の控室になっている部屋に行くと、部屋の隅の椅子に座ってギターを抱えて、背中を丸めて楽譜を覗き込んでいる弟がいた。

 弟は僕たちが部屋に入ったことに気がつくと、顔を上げて「よお。」と軽く挨拶をして、ギターを膝から下ろして椅子に立てかけて、僕たちの前にやってきた。

 「いよいよだな。」僕が言った。
 「兄貴、お義姉さんおめでとう。」と弟が言った。
 「兄貴、お義姉さんホントに綺麗だな。」とつけ足した。
 「ありがとう。恭ちゃんの歌、楽しみにしてるわよ。」と彼の義理の姉が言った。
 弟と僕の妻になる人とはすでに面識があり、軽口を言える仲にもなっていた。
 弟が出演するライブハウスにも行ったことがある。
 新婦は弟の歌を気に入ってくれて、弟のプロデビューを楽しみにしていたし、応援もしている。

 「どう?」僕が弟に声を掛ける。
 「どう、って?」弟が逆に質問で答える。
 「緊張してるか?」僕が問う。
 「たぶん、メイビー。」

 父はあの時、弟にも魔法をかけた。

 弟は当時、幼稚園児で、父の言葉を頭では理解できてはいなかったかも知れないが、それはきっと恭輔の身体の中に染み込んだのだと思う。

 「恭輔とお父さんが歌ったんだよ。お父さんが書いた詞に恭輔が素敵な曲をつけていた。」と父は言った。そして、こう続けた。

 「その歌で恭輔はプロのミュージシャンになっていた。
 赤ちゃんの時から思っていたけど、いい声してるんだよ恭輔は。
 お父さんは感動したよ。
 今まで出席したどの結婚式よりも感動的な結婚式だった。」

 「兄貴、オレたちってすごいな。」と恭輔が言った。

 「ああ、すごい。」
 「オレたちって天才だな。」
 「ああ、親父の子だからな。」と僕が言った。

 「天才って英語でジーニャスだよね。ジーニャスの語源って『妖精』からきてるって兄貴知ってたかい?」と恭輔が言った。
 「なんだ、それ。新しい歌の歌詞か。」僕が茶化す。
 「かもね、メイビー。・・・オレたち自分の力だと思っているけど、実は才能って妖精の仕業なんだと思うよ。実際にオレは自分の書いた歌詞じゃなくて、親父の書いた歌詞を活かしている。音楽を演りたいと思った時には、目の前にピアノがあってギターがあった。記憶には残っていない親父なんだけど、オレの親父が違う親父だったとしたらきっとオレは違う人生を歩んだんだろうなって思う。それは当たり前といえば当たり前のことなんだろうけどね。」

 気配がして僕と弟が同時に振り向くと、僕らの予想通り、愛すべき母が部屋に入って来たところだった。
 風呂敷包みを両手に抱えている。

 「親父のスーツかい?」恭輔が声を掛ける。
 「そうそう。これで大丈夫かしら。スーツにシャツに、ネクタイはこの色で良かったかなあ?お父さんこういう色好きだったわよね。それから靴下に、あと必要なものってなかったかしら?」母は新郎の僕よりも緊張していて落ち着きがなかった。
 無理もない話だと思う。
 今日の日を18年間ずっと待ち続けてきたのだから。

 「ねえねえ、あたしのこの服、似合ってる?」と母が言うと恭輔がにやりとした。
 「化粧はいやらしくないかしら?」と次々に僕たちに質問をして、そして、「やっぱり男たちってダメねえ。」と言って、今度は新婦をつかまえて質問責めにしている。
 僕たちは肩をすくめて、苦笑いをする。

 僕は弟を促してロビーに出る。
 ソファを見つけて、二人で向かい合わせに座った。

 「オレたちの人生ってさ、DNAに書かれたいたずら書きみたいなもんだよな。」
 「誰のいたずら書きだと思うんだ?妖精か?」
 「親父、かな?」
 「じゃあきっと、それはいたずら書きなんかじゃなくて、魔法の呪文だな。」

 
なんて素敵な話だろう
こんな確かなことが
今もそばにあるなんて


魔法使いのDNAを最後までお読みいただきありがとうございます。
気が向いたら次回作の創作に取り掛かります。
これからも応援よろしくお願いします。


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