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母とわたしとスニーカー
「新しい靴が欲しい」
母がそう言ったのは一昨年の梅雨の頃。
ネットで買って、お店に取りにゆく。
母の左足が血栓で、中指と親指の先が黒くなり壊死をする。
年明けには「足が痛い、痛い」とボロボロのサンダルを履いて病院に連れてゆく。
何だかみすぼらしい姿の母を人に晒しているようで、悲しくなる。
血栓のステント手術をして、足の痛みはなくなるが、壊死した指をカバーするために少し大きめの靴を履く。
直ぐに、いつもより大きめのスニーカーをネットで探す。
安いけれどかわいらしいショッキングピンクのスニーカーを買ってみる。
もしも母が気に入らなかったら、わたしが履こう。
そう思っていたが、実際にスニーカーが届くと、母は軽くて、足のサイズもピッタリで、少し派手めの色も気に入った。
それからはどこへゆくにもそのスニーカーを履いて出掛ける。
湯河原の天命庵にお話しを聞きに行き、知り合いの方に
「その靴、軽そうで、かわいいわね。わたしも欲しい、どこで買ったの?わたしもそういう靴が欲しいの…」といわれる。
おんなじ靴?
わたしが答えに窮していると、母も同じように思ったのか珍しく黙っている。
おしゃれな母は毎回同じ靴では飽き足らず、もう一足欲しいという。
歩きやすそうなスニーカーをネットで一緒に探してみる。
サイズ違いや色が気に入らなかったら困るから、車で一緒にお店まで受け取りにゆく。
案の定、試し履きをするとサイズも合わない、色も気に入らないという母。
その場で気になる黒いスリッポン式のちょっとおしゃれなスニーカーを見つける。
「これがいい」
サイズは、ワンサイズ大きめしかない。
試し履きを何回もして、大丈夫そうだから、その黒いPUMAのスニーカーを買って帰る。
あんまり履けなかったけど、湯河原へゆく時には履いていた。
手を振って、元気良さげに、天恩郷のマリア様まで歩いていた。
もう主のない黒いPUMAのスニーカーを今はわたしが履いている。
ちょっとお出かけする時に…おしゃれな母からのお下がりもいいもんだ。
母と一緒にお出かけをしてる。
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