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恋した剱岳、そして限界へ③【雷鳥沢2021夏 2日目】

とうとう間近に現れたツルギくんこと剱岳。

剱沢キャンプ場のお兄さんに、「何泊ですか?」と聞かれたので、「いえ泊まりません」と答えたら、「ああテン泊じゃなくて剣山荘で泊まりですかー」と言われたため、それも「いえ、泊まりません」と返答。
「は?」という顔をしているお兄さんが「そのままツルギに登るんですか?!」と私の上下を舐めまわすように見る。
変な意味ではなく、何の装備もなくそんなんでお前はツルギに行くのか?という意味である。
「まさか!ちょっと寄っただけですよ」と私が答えると、余計に戸惑った顔をしていた。
私もそう口にしながらも、いや、ちょっと寄る場所か、ここは…と思ったのだが、本当なのだから仕方ない。
「剱岳を近くで見たいから来ただけです。今からまた雷鳥沢に戻ります。」と補足したら、「ああ、そうですか…気をつけて。」とお兄さんは不思議そうな顔をしてそう言ってくれた。
私も自分の発した「今から雷鳥沢に戻ります」という言葉に、改めて、これから戻らなければならない自分の状況に直面してしまった。



幸せな時間の後は、地獄が待っていた。

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2時間かけて下ってきた道なき道を登り続けて戻らなければならない。人生史上最高に美味いカレーヌードルを食べたからと言って急にパワーがみなぎりまくる訳でもなく、疲れた体を引きずって戻らなければ。これが現実である。

しんどい道のりだったため写真は一枚もない。
頭痛はするし、フラフラだったのである。
何度も休憩して水を飲んだが、汗が湧き出ていて追いつかなかったと思われる。13時を回り、1番暑い時間帯に差し掛かり、太陽が私をいじめてきた。振り返ればまだ恋する剱岳が見える位置なのに、もう振り返る気力もなかった。

それでも行きの下りでは40分の行程を2時間もかかったのにも関わらず、帰りは70分で登りきることができた。
火事場のくそ力なのか、それだけ下りが苦手だったのかは謎だが、とにかく70分で剱御前小舎まで戻ってこられたのである。

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あまりに嬉しくて、剱御前小舎で「劔岳頂上」のスタンプを乱れ押しした。

剱御前から雷鳥沢へは何度も下ったことのある道だから、2時間ちょっとあれば間違いなく雷鳥沢に帰れる。
剱御前のトイレで用を足してゆっくりと下ることにした。
トイレで、割とオレンジ色の濃いおしっこが少ししか出なかったことが気になったが、この時は頭が回っていなかったので、気にも止めずに、三ツ矢サイダーを買って飲みながら進んだのである。

歩いていると、行きにも剱沢でも見かけたコンテナボックスを背負ったおじさんが現れた。

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「それは何ですか?」と荷物の中身を聞いてみたら、「トイレの点検でちょっと剱沢まで行ってました。」とのこと。
剱沢まで、ちょっと剱岳を見に寄ってみる女もいれば、ちょっとトイレの点検にくるおじさんもいるのだと知った。
ありがたいことです。
おじさんは、「そのついでに各山小屋に寄って差し入れしてきたんだよ」とも話していて、こういう人たちのおかげで快適に山登りができるんだなぁと感謝した。
おじさんは驚くべきスピードでスタスタスターっと降りていきあっという間に見えなくなった。

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そして次に現れたのはこちらのペア。

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雷鳥さんが砂浴びをしていた。

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ワシャワシャワシャワシャーっと砂を掻き出して自ら浴びている。遊んでいるのだろうか。

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オスとメスが仲良く砂遊びをしていた。

そんな訳で2時間弱で雷鳥沢のテントに到着。
およそ8時間の山歩きであった。

アプリ「YAMAP」によるとこんな感じ。

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ペースはゆっくりで。

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17時頃。
しんどくてフラフラしていたのに、どうしても温泉に浸かりたくて、急いでお風呂の準備をする。ちょっとは横になって休めばいいのに、ツルギハイになっており、腰掛けもせずに温泉に出発。その前に売店に寄って買い物をしたり、湧水を汲んだりして、なぜだか体が精力的に動いていた。

日が沈む頃。
長かった一日が終わるこの風景がまるで絵画のように見えた。台風の前の日の美しい空。

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今日のハードな一日を振り返り、剱岳の姿を思い出す。まだ同じ日なのに、本当に私はあそこまで行ったのだろうか、と幻を見たような気持ちになる。
雷鳥沢に来て2日目にして、ピーク、クライマックスを迎えてしまったようで実感が湧かない。
風呂上がり、さっぱりして気持ちが良かったものの、まだ少しフラフラする。
温まったはずが、少し背筋がゾクゾクするような寒気がある。
頭が痛いし、気分が少し悪いような気がする。
それとは裏腹に食欲はあり過ぎるせいで、ステーキを焼いて食べたのだが、いまいち回復しないこのしんどい感じ。
寝たら治ればいいなぁと願いながら、長かった剱岳への一日を終える。

どう考えても最高の一日だった。
ただ、体がとっくに限界を超えていたらしいことは、翌日に思い知ることになったのだが、そうだとしても、この日が私にとって最高の一日だという事実は、揺るがないのであった。






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