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アイデアはどこからやってくるのか

モノと情報があふれる現代で、なにをやるにも大事になるのがアイデアだ。

 「アイデアの作り方」、「思考の整理学」、「考具」、「進化思考」…アイデアに関する本は昔からたくさんあるし、定期的にヒットする。読むだけでアイデアが湧いてくる気がするから私も大好きだ。だけど、インターネットで世界中の人のアイデアが可視化されてもなお、オリジナルで、顧客から必要とされて、誰もがアッと驚くような、そんなアイデアがどれだけあるのだろうか。いや、そんなことを考えてる場合じゃない。とにかく資料を漁り、整理して、考えて、絶望して、ひらめきを待つのだ。「アイデアよ、来たれ!」


アイデアマンの挫折

 こんにちは。福岡県の水門メーカー乗富鉄工所の代表のノリドミです。水門づくりで培った職人技を生かしたアウトドアブランド「ノリノリライフ」を2020年に立ち上げて以降いくつかの商品を発売しましたが、これまでのノリノリライフの主要なプロダクトのアイデアの多くは自らもキャンパーである1人の職人のアイデアが起点になってきました。様々なシーンで使える自立式五徳「スライドゴトク」や横から炎が透ける焚火台「ヨコナガメッシュタキビダイ」など、”ありそうでなかった”ものを作りだす彼はまさにアイデアマン。多趣味で学生時代から機械やアウトドアに触れあってきた彼の独創的なアイデアには感服していましたが、自分も含め彼以外の人間のアイデアから新商品が生まれていないことに対する焦りもありました。

 ある日、彼から「開発した焚火台にフィットする鋳物の焼肉鉄板を作りたい」という提案を受けました。通常の鉄板より鋳物鉄板は温度上昇が緩やかで蓄熱性が高いのでふっくら美味しく焼ける、ということでしたが鋳物は溶けた金属を型に流し込み固めて作るもので私たちの工場では作ることができません。困り果てましたが調査を続けていると隣町の鋳物工場さんに協力して頂けることになりました。これはうまくいくかもしれない!期待が高まりました。

 しかし、何度も鋳物工場に足を運び打ち合わせを重ねて試作品を作ったまでは良かったのですが、ハンドメイドに近い形の小ロット製造のため有名メーカーが海外で大量に作る鉄板と比較すると2倍以上の価格になってしまうことが分かり開発は断念。鉄板と言うシンプルな商品では価格差をカバーできるほどの付加価値をつけるのは難しい、という判断でした。アイデアマンをもってしてもこの壁を超えることはできませんでした。

お蔵入りした試作品。脚がついているのでデスクにおいてトレーとして使っている

偶然から思考の枠に気づく

 鋳物鉄板の開発を断念してしばらくたった頃、なんとなくインターネットを見ていたら縞鋼板を鉄板にした商品が発売されているのを見つけました。縞鋼板とは滑り止めに凹凸が加工してある鉄板で、一般的には足元に使われる安価な材料です。私達の工場にもよく転がっています。まさかそんなもので肉を焼こうなんて思いもしませんでしたが、滑り止めで食材がコロコロ動くのを防ぐというから目から鱗。「やられた!」と思いました。

 しかしこの発見が"鉄板"という言葉に引っ張られて思考の枠に収まっていたことを気づかせてくれました。「縞鋼板がいけるなら身近な材料でいけるものがあるかもしれない!」そう思い至り、水門で使うステンレスの板などこれまで試したことがなかった材料をガスバーナーで熱して肉を焼いていきました。調査は難航し「そう簡単に見つかれば苦労はないよな」と思い諦めかけたとき、ふとノリノリライフの主力商品である「ヨコナガメッシュタキビダイ」で使っているメッシュシートで肉を焼くとどうなるだろうか?と思い、ダメ元で試してみることにしました。するとメッシュの隙間から油が落ちてバーナーが油まみれ。これは失敗かと思いきや、焼けたお肉はさっぱりして美味しい。油が適度に落ちたことでお肉がヘルシーになることを発見したのです。

 バーナーがダメなら焚き火でならどうだ!と、焚き火の上で焼いてみたところ、油が落ちてサッパリ仕上がるのはもちろん、薪や炭の香りがついて風味が増すことが分かりました。鉄板で焼いたお肉とは明らかに味が違います。しかも網と違って目が細かいので米や麺など細かい素材も直火で焼けてしまう。自分が知らないだけかと思いググってみたけれど、メッシュを直火にかける料理器具が販売されてる様子はなさそうです。もしかしてこれ、すごい発見なんじゃない…?

メッシュで肉を焼くと美味しい!

繰り返す試作と検証

 興奮した私は「メッシュで肉を焼くとめちゃくちゃうまいんです!」とノリノリライフのブランディングをして頂いていたデザイナーさんに熱弁し、開発チームでどういう商品にするか議論を重ね、①薪は火加減が安定せず調理が難しいのでフライパンのように取手をつけ火との距離を取れるようにする、②メッシュは繰り返し使うと破れるので交換可能にする、③コストを抑えるため工場にある設備を使って作れる形状にする、など基本的な商品のコンセプトとデザインラフができました。

初期のデザインラフ

 そこからは開発チームが頑張って試作と検証を繰り返してくれました。シンプルながらこれまでにない商品だったのであらゆる細部で課題がみつかります。メッシュの径や網目の細かさの選定、フレームとメッシュの結合方法、手を切らないようにメッシュの端部の処理…など「いける!」と「やっぱり駄目か…」を繰り返すしながら、約2年。発売の直前まで想定外のトラブルが続きましたが、これまた偶然の出会いに助けられ、ついに直火専用のフライパン”メッシュパン”が完成しました。

試作品たち
メッシュパン 大 /  メッシュパン 小

 完成後、ノリノリライフのユーザーでもある経営者仲間の紹介で有名フレンチで料理長をされていた方に使っていただいたところ、藁焼きや燻製にも使えることが分かり「これは直火料理の可能性を広げる調理器具だ」と嬉しいお言葉を頂きました。メッシュパンを使った調理の様子をXでポストしたところ、「その発想はなかった」「面白い」という声が相次ぎ発売前からに話題になり、2023年12月に発売するとhinata&GPなどアウトドア系ウェブメディアで相次いで紹介され、多くのお客様にご購入いただいています。

SNSでプチバズ

アイデアはどこからやって来るのか

 かくして初めて自分のアイデアから生まれた商品を世に出すことができましたが、「どうやって思いついたんですか?」と聞かれたらうまく答えることができません。メッシュで肉を焼いてみたのはメッシュを使った商品を作っていたからだし、そもそも鋳物鉄板の失敗がなければそんなことをしようなんて思いもしなかったはず。さらに言えばデザイナーさんや開発チームがいなかったらインサイトをデザインに落とし込むことはでなかったでしょう。必死で動き続けていたら偶然が重なって辿り着いた、そんな感じです。

偶然から生まれたメッシュパン

 ただ、「行動していた」という1点だけは自信をもって言えることです。どこにもない商品を作りたいというモヤモヤを抱えた状態で、たくさんの本を読み、人に会い、話をして、関係を作ってきました。その行動がふとした瞬間に偶然アイデアとなって像を結び、2年かけて具現化した。そんなプロセスだったのだと思います。アイデアは偶然からやってくる。身も蓋もないようだけど、これが本音。そして、偶然は狙って起こせないけれど、行動を通して偶然が起こる確率、そして偶然に気づく確率を高めることはできる気がするのです。

 「アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何物でもない」というのはジェームズ•W•ヤングの「アイデアの作り方」という本の言葉ですが、その組み合わせに辿り着くためには偶然の力が必要なのかもしれません。電子レンジやペニシリンなど偶然に発見された発明品がやたらと多いのは偶然じゃない気がします(ややこしいですが)。

 さて、話題のうちに発売することができたメッシュパンですが本当の勝負はここから。商品に自信はありますが、多くの人に長く愛される商品になれるかどうかはこれからの頑張り次第です。

 いい偶然が起こりますように。ありがとうございました。

アイデア本

明日には 名曲が この星に生まれんだ
だから神様 僕にくれよ そのメロディと歌を

この高鳴りをなんと呼ぶ / 忘れらんねえよ


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