よい負け方ができなかった日本代表。森保監督が志向する守備的サッカーの限界を見た

 クロアチアは前回ロシア大会の準優勝国。W杯の過去最高位がベスト16の日本から見れば、明らかな格上だ。そんな強国を相手の延長PK負けは、確かに惜しい。強豪クロアチアをよく苦しめた。PK負けは運が悪かった。そう言いたくなる気持ちもわかるが、それ以上にまず触れるべきことがあると僕は思う。それは、この試合が面白かったのかどうかということだ。

 もし筆者が日本人ではなく、第3者としてこの試合を見ていたとしたら、はたしてこの試合に酔いしれることができただろうか。最後まで高い緊張感持ってこの試合を見入ることができただろうか。おそらくだが、できなかったと思う。

 率直に言って、この試合はあまり面白くなかった。エンタメ性の低い試合。その娯楽度という点において、前のスペイン戦を大幅に下回った。凡戦度合いで言えば、コスタリカ戦といい勝負だったと思う。少なくとも世界のサッカーファンを満足させるような内容では全くなかった。

 この試合を見ていて思わず想起したのは、12年前の南アフリカW杯、日本対パラグアイ戦だ。その時の岡田ジャパンとこのクロアチア戦の森保ジャパンが、筆者にはほぼ重なって見えた。決勝トーナメントという晴れ舞台にもかかわらず、極度に敗戦を怖がり、終始後方に引いて守った試合としてこちらの脳裏に記憶されている試合だ。今回のクロアチア戦はスコアこそ1-1だが、日本が試合を通して終始守備的だったという事実に変わりはない。そして、攻撃的な姿勢を最後まで見せられないまま、延長PK負け。展開は12年前と瓜二つだった。

 スペイン戦の劇的な勝利で手応えを掴んだのか、このクロアチア戦にも森保監督は3バックの布陣を試合開始から採用した。これまで何度か述べているが、この森保式の3バックは、両ウイングバックが最終ラインに並ぶ時間が多いので、実質5バックと呼んでいい布陣になる。3列表記にすれば5-4-1。一方のクロアチアは、両ウイングが左右に開いて構えるオーソドックスな4-3-3。この両布陣が交わればどうなるかと言えば、日本は相手に両サイドを突かれると必然的に最終ラインは5人になる。相手の3トップに対して2人多い、5人で対応するわけだ。後ろに人が多ければ当然、前方に人員は少なくなる。この試合が終始クロアチアペースで進んだ大きな要因に他ならない。日本はボールを奪ってもなかなかうまく前に繋ぐことができなかったのは、前に人がいなかったからだ。もっと言えば、ボールをキープできる選手がいなかった。この試合に先発した前田大然と、その前田と交代出場した浅野拓磨は、言わずと知れたスピード系。ボールを収める力は低い。5-4-1の「1」に彼らスピード系のFWを置けば、高い位置でボールを回すことは難しくなる。それができなければ、相手に攻め込まれる時間が多くなる。その結果、陣形が下がれば、ボールを奪う位置も当然低くなる。繰り返すが、そこでボールを奪っても前方に人が少ないので、パスコースは見つからない。クリアが精一杯という状況が増えるわけだ。しつこいようだが、これはこの布陣を採用すれば起きて当たり前の現象にすぎない。相手が攻撃的な4-3-3であれば、なおさらにだ。

 この森保式の5-4-1のもう一つの特徴は、両サイドに常に2人が構えている点になる。日本がチャンスを掴むには、この2人が高い位置でコンビネーションを発揮するのが一番可能性が高かった。しかし両サイドとも、それができなかった。

 突破力のある伊東純也や三笘薫をウイングバックという低い位置に起用すれば、彼ら自慢のドリブル力を高い位置で発揮する機会は減る。また、ポジションの適性が真ん中付近にある鎌田大地や南野拓実をサイドで使っても、彼らがその力を発揮することは難しくなる。これくらいのことは、これまでの試合を見れば誰の目にも明らかなことだ。

 さらに言えば、ウイングバックとしてこの試合を含む全4試合に先発出場した長友佑都も、攻撃面においては活躍することができなかった。ほぼ専守防衛。少なくとも長友がピッチいる間は、日本の左サイドからチャンスが生まれそうな気配は全くしなかった。

 ドリブル力の高い三笘と伊東の2人を、両サイドの高い位置で使うことができなかったこと。実力者の鎌田大地を、彼が最も得意とする1トップ下付近で使わなかったこと。1トップにキープ力のあるFWを選ばなかったこと。攻撃能力が低下したベテランの長友を引っ張りすぎたこと。敗因を挙げればこんな感じになるが、これらは全て監督の采配による問題だ。彼らが活躍しにくい、高い位置でボールを奪えない5バックになりやすい布陣を選んだのは、森保監督に他ならない。選手に敗因はなかった。少なくとも僕はそう思っている。

 守備的に行ってPK負け。だったら、攻撃的に行って負けた方がはるかに後味はいい。これが筆者の正直な気持ちだ。クロアチアに同点にされた後も、日本はもっと攻めるべきだった。勝ち越しを積極的に狙いに行くべきだった。だが、そこでも日本は後ろに引いて慎重に戦う選択をした。それが垣間見えた後半20分くらいには、少なくとも延長戦には入るだろうと僕は予想した。そしてそこから延長に入っても、こちらの気分は高まらなかった。「PKでも構わない」。そんなムードで延長を戦っていた。最後の最後まで、前向きな精神を垣間見ることはできなかった。

 森保監督はこのクロアチア戦で、交代カードを5枚しか使わなかった。延長に入れば6人まで変えることができるにもかかわらず、1枠余らせたまま選手交代を打ち切った。こうした姿勢も、本気で勝ち越しを狙っているようには見えなかった理由のひとつになる。もし勝ち越しを狙おうと思えば、3バックの1人を削り攻撃的な選手を投入することも十分可能だった。それをせずに、守備的な5バックのまま120分間を戦った。6枚のカード全て使い切ったクロアチアのズラトコ・ダリッチ監督との差を見た気がした。

 また選手交代に関しても、この試合では相手を惑わせるような効果は期待できなかった。三笘と浅野が後半に必ず出でくることは、クロアチアもあらかじめ予想していたはずだ。それ以外の選手交代も、相手を驚かすようなものだったとは言えなかった。いわゆる「お約束」の選手交代だったことも、終盤にかけて勢いが生まれなかった要因のひとつだと考える。モドリッチやコバチッチ、さらにはペリシッチなどの中心選手を途中で下げたクロアチアとの違いでもある。

 ベスト8に対して変な欲が出でしまった。本来弱者が持つべきチャレンジャー精神、無欲さを貫くことができなかった。これが試合終了直後に抱いた筆者の率直な印象だ。世界のサッカーファンを振り向かせるような試合を、少なくともこのクロアチア戦ではできなかった。ドイツやスペインに向かっていったときのような、溌剌とした勢いやムードを感じなかった。そうした空気は守備的な布陣も相まって、終始試合に漂い続けた。

 成績は前回と同じベスト16。だが、今回はドイツ、スペインという誰もが知る強国を倒した上でのベスト16だ。前回よりも必然性に富むベスト16。そうした意味ではすでに「新しい景色」を見させてもらった気もするが、もう一方の尺度に照らせばどうだろうか。その最後の姿、負け方はどうだったかといえば、僕は4年半前のベルギー戦の方が優れていたと思う。どちらの方が惜しかったかと言えば、ロシア(@ロストフ)でのベルギー戦た。どちらが散り方として美しかったかと言い換えてもいい。その答えも当然、4年半前のベルギー戦になる。選手起用法や番狂わせ度では前回の西野ジャパンを上回った森保ジャパンだが、それでも最後は守備的になってしまった。そこに森保監督の本当の姿を見た気がするのは僕だけだろうか。西野ジャパンのような攻撃的な4-2-3-1の布陣で挑んでいれば、クロアチア戦の結果は変わっていたかもしれない。本当の「新しい景色」を見ることができた可能性は高いと思う。

 森保監督は西野監督を越えられなかった。選手起用法では前任者を大きく上回ったが、攻撃的サッカー度合いでは前回を下回った。最後にきて、その保守的な姿勢が仇になってしまった。

 繰り返すが、日本は決して優勝候補ではない弱小国だ。にもかかわらず、今回初めて2大会連続でベスト16という成績を収めた。しかも、グループステージでドイツとスペインを倒すというおまけ付きで、だ。日本が今回良くやったことは間違いない。もちろんそれは高評価に値するが、最後の試合における出来栄え点は低かった。よい負け方ができなかった。

 PK戦になった時、僕は嫌な予感がした。おそらく負けるだろうなと思った。試合を通して押していたのはクロアチア。試合を盛り上げよう、楽しいモノにしようとの意識で勝っていたのも、クロアチアの方だ。日本は勝とうとするあまり、スタンドを埋めた第3者、テレビカメラの向こうにいる視聴者の目を忘れた、観賞性の低いサッカーをした。ベスト8に進出するためだけにサッカーをした、という感じだった。

 PK戦をサッカーの神の選択と捉えれば、この結果には必然を感じる。クロアチアはキチンと攻撃的なサッカーをした。対する日本は高い位置での交わりを意図的に避け、後ろで守ろうとした。森保監督はベスト8に進むためには手段を選ばず、との思考に陥ったのかもしれない。いずれにせよ、サッカー観戦を純粋に楽しみたいサッカーファンの願いを、その采配は結果的に裏切ることになった。サッカーの神はこう判断したはずだ。よりダメだったのは日本だ、と。

 「最初から守って、守りだけの戦いはしたくない」。前日の会見でそう述べた森保監督だが、実際にピッチに描かれた最終ラインに常に5人が並ぶそのサッカーは、守備的サッカー以外の何ものでもなかった。正攻法で戦っていれば……とは、日本人であるこちらの正直な思いだ。次の日本代表監督が誰になるのかは知る由もないが、求めるべきことははっきりしている。キチンとした攻撃的なサッカーだ。4年半前はある程度できていたことが、今回はできなかった。巧みな選手起用法により番狂わせを起こすことには成功したが、それでも後ろを固めるサッカーにはやはり限界がある。

 選手起用法が改善された今回は、日本サッカーが半歩前に進んだといったところだろう。その点に関しては森保監督を讃えたくなるが、大会直前で大きく変えた、肝心のサッカーの中身は決してそれほどよくなかった。選手たちの力を最大限引き出すことができなかった。クロアチア戦の内容はまさにその象徴。後ろを固めるサッカーは、いいサッカーとは言えない。日本が目指すべきはいいサッカー、魅力的なサッカーだ。そこにもう一度キチンと向き合うべきなのだ。

 クロアチア戦の延長PK負けは、僅差ではない。攻撃的サッカーと守備的サッカーを隔てる大きな差。このPK負けが、僕にはとても順当な結果に見えたのだ。

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