スペイン戦の逆転勝ちに運はどれほど作用したか。喜びすぎは禁物だが、日本には良い風が吹いている

 日本対スペイン戦。前半11分にスペインがアルバロ・モラタのヘディングシュートで先制した時、少なくとも筆者は日本の敗戦を予想した。それも0-1ではなく、0-3、もしくは0-4ぐらいの大敗を覚悟した。ハーフタイムを迎えても、その思いに変わりはなかった。前半は、ドイツ戦以上に一方的な展開だった。

 このスペイン戦、森保一監督はこれまでの2試合で途中から用いていた3バックの布陣を、今大会初めて試合の頭から採用した。3バックには攻撃的なものから守備的なものまでいくつか種類があるが、この森保式は最終ラインが5人(5バック)になりやすい、いわば守備的な3バックに属する。絶対に勝たなければならない試合に、あえて後方に人が多い守備的な布陣で試合に挑んだというわけだ。そして案の定、日本はスペインに圧倒的なボール支配を許した。前半に限れば、今大会ここまで行われた全試合の中で、おそらく最も一方的な内容だったと思う。

 前半を終わって0-1。だが内容的には、それこそ0-3以上の差だった。前半の展開はドイツ戦とほぼ瓜二つ。だからと言って、2度も続けてまぐれは起きないだろうと、ハームタイムを迎えたとき、こちらは日本の突破をほぼ諦めかけていた。その直後、後半開始からわずが6分間で立て続けにゴールを奪い逆転するなど、つゆも思わなかった。2-1という試合結果も言うに及ばず、だ。

 これは大事件だ。2度と望めそうにないまさにミラクル。この日本対スペイン戦はそう言い表すことができる。

 ドイツ戦もそうだったが、このスペイン戦においても、日本には多大な運が作用した。少なくとも僕はそう思っている。お祭りムードで賑わう中でも少し冷めているというか、そこまで喜べない自分がいることも確かなのだ。

 日本対スペインが0-1でハーフタイムを迎えた時、一方のコスタリカ対ドイツは、0-1でドイツがリードしていた。このままいけば、勝ち上がるのはスペインとドイツ。後半はそうした状況で始まった。さらに言えば、得失点差で他を大きく上回るスペインは引き分けはもちろん、最悪この試合に敗れても条件次第では勝ち上がることができた。このE組のなかでスペインは最も余裕があった。1点リードで前半を折り返したこと、さらには別会場でのドイツリードの情報を得たことで、おそらく安心して後半に臨んできたと思われる。しかも相手の日本は守備的で、前には全く出てこない。それらの要素が、後半のスペインの油断につながったと筆者は考える。

 スコアを1-1とする堂安律の同点ゴールが決まったのは、後半開始直後の3分。ペナルティエリアやや外から放った強烈なシュートは、スペインGKウナイ・シモンの手を弾きながら気持ちよくゴールへと吸い込まれた。このゴールが生まれたのは、その直前に日本が敵陣で相手に激しいプレッシャー掛けたことに起因している。後半早々に高い位置から圧力を掛けた日本も褒めるべきだが、それよりも目についたのは、スペイン側の対応の甘さになる。自陣であっさりとボールを奪われるその姿に、突破が目の前にちらつくスペイン選手の慢心が垣間見えた。

 もし前半が0-0であれば、日本は前半と同じく、後半も守備的に入っていたと思う。同点弾を決めた堂安と、そのボール奪取の起点となる激しいプレッシャーを掛けた三笘薫。後半開始から出場して大活躍したこの両者の投入が、同点であれば、もう少し遅れていた可能性が高い。1点リードされた状況が、スペインの油断を招くことに繋がった。そしてそのタイミングで、役者が登場した日本。相手が一息ついたのと時を同じくして、畳み掛ける態勢を整えた。これがスペイン戦の大きな勝因だと思う。

 堂安の強烈なゴールで追いついたことで自信を取り戻した日本は、その勢いのまま攻勢に出る。後半6分、右サイドの高い位置でボールを受けた堂安がエリア内に入り、逆サイドにグラウンダーのボールを送り込む。そのボールに反応したのは、左ウイングバックながら敵陣深くまで入り込んでいた三笘。タッチライン際から中央に折り返すと、ゴール前で反応した田中碧がそれをプッシュ。ボールがタッチラインを割ったかどうかというVAR判定の末、ゴールが認められ、逆転に成功した。後半が始まってから6分、先制点からわずか3分で日本は試合をひっくり返した。

 同点ゴールと逆転ゴール。この両方それぞれに深く関わったのは、堂安と三笘という後半開始から投入されたばかりの2人だった。繰り返すが、もし彼らの投入が遅れていれば、この2ゴールは生まれていなかった可能性が極めて高い。まさに監督の采配が的中したと言える得点シーンだった。加えて後半23分に右ウイングバックとして投入された冨安健洋も好守備を連発するなど、ドイツ戦同様、この試合でも交代選手の活躍がチームを救った。決勝トーナメントに向けてチームが勢いづく、まさに理想的な勝ち方だった。

 大会前、日本がこのE組でドイツとスペインを抑え首位で通過すると予想した人は、はたしてどれくらいいただろうか。うまくいけば2位。ドイツかスペインのどちらかを上回れば十分。世界はもちろん、日本人でさえ首位で通過すると言う人は、こちらの知る限りほぼいなかった。仮にいたとしても、それはあくまでもリップサービスというか、いわゆる非現実的なもの。予想した本人でさえ冗談半分というか、まるで夢のような話だった。本気で首位通過を信じていた人はほぼいなかったはずだ。

 いまこの瞬間、日本はもちろん、世界中に森保監督を讃えるファンで溢れ返っていることだろう。今回ドイツとスペインに勝利したことは、日本はおろかW杯の歴史でも後世に語り継がれるであろう、大会史に残る大番狂わせだ。そのニュース性に限れば、間違いなく優勝候補以上の存在だと言える。前回ロシア大会の決勝トーナメント1回戦でベルギーと大接戦を演じた日本だが、このカタール大会では現時点で、すでに前回の衝撃を何十倍も上回っている。日本同様、F組でクロアチアとベルギーを抑え首位通過したモロッコ代表も称賛に値するが、同じ番狂わせ度合いでいえば、ドイツとスペインを抑えた日本の方がそれを大きく上回る。倒した敵のネームバリューには大きな違いがある。

 過去ダントツ、日本サッカー史上最大の番狂わせ。ジャイアントキリングの主役を味わう気分は確かに悪くない。だがしかし、だ。それでも言いたいことはある。負けたからといって100%悲嘆に暮れることはないが、ドイツやスペインに勝ったからといって、全てを忘れ100%喜べるというわけでも全くない。それがサッカーというものだ。 

 ドイツ戦とスペイン戦。それぞれの試合における、その前半の戦いぶりはいったい何だったのか。真っ先に触れたくなるのはここだ。勝利したこと、それも両試合2-1で逆転勝ちした喜びで隅に追いやられているようだが、この2試合の前半は、はっきり言って日本は何もできなかった。多少運が悪ければ、前半で試合が決まっていたかもしれない。少なくともこの事実は忘れるべきではないと思う。勝利した2試合とも、日本は大きな運に恵まれた。、ドイツ戦では相手のシュートがポストを叩き、いくつもあったピンチをGK権田修一が止めまくったこと。スペイン戦は、突破に余裕のあった相手がある程度手を抜いて戦ってくれたことだ。

 試合終盤、ドイツがコスタリカを逆転した情報が入ると、スペインはそこまで本気で同点を狙おうとはしなくなった。このまま日本に敗れても彼らは2位で突破はできる。そうなれば、準々決勝でのブラジル戦を避けることができる。そうした思惑があったのかはわからないが、僕の目にはスペインが最後まで全力を傾けてきたようには見えなかった。日本に2-1と逆転されても、彼らは無理に同点を狙わず、他会場の様子を伺いながら慎重に戦った。そんな感じに見えた。仮にもしコスタリカがリードしていれば、スペインは日本に敗れると脱落が決まってた。その状況であれば、もっとしゃかりきになってゴールを奪いにきていただろう。仮にそれでスペインに2-2の同点に追いつかれていれば、日本は敗退していた。ドイツの頑張りが終盤のスペインに余裕を与え、その結果、日本の逃げ切り成功に大きく影響した。この他会場の経過も日本には幸いした。日本はドイツに感謝すべきだと思う。

 逆転ゴールのアシストとなった三笘の折り返しも、もしVARがなければノーゴールになっていたかもしないと言いたくなる、これまた日本に運を感じさせる出来事だった。「ドイツとスペインに勝ったのは日本の実力だ」。いま多くの人がそう言っているが、もう一度戦えばどうなるかという視点に立てば、あの試合内容を踏まえれば、そう軽々しくは言えないと僕は思う。10回戦って何回勝つか。その考え方に基づけば、そう簡単に胸を張ることはできない。

 10回戦って1回、運が良くても2回。ドイツ戦もスペイン戦も、内容を見れば勝率はせいぜいこれくらいだった。それが偶然立て続けに起こったにすぎない。日本が世界を驚愕させる番狂わせを起こしたことは事実だが、喜びすぎは禁物というか、少々格好悪く見える。圧倒的なボール支配を許したその内容は、もっと改善されてしかるべき。でないと次回は確実にやられる。もう少し相手に有効なパンチが撃てないと、本当の意味で日本のレベルが上がったとは言えない。少なくとも僕はそう思う。もっと言えば、ドイツとスペインという強豪国に勝ったチームが、それより格下のコスタリカ相手にゴールを奪えなかったのはなぜなのか。コスタリカ戦でよいサッカーができなかった理由はなんだったのか。反省すべき点はまだまだたくさんあるのだ。

 とはいえ、だ。4年前の前回より、決勝トーナメント1回戦には希望の光が差している。

 勢いがあることはもちろんだが、前回との大きな違いを言えば、選手起用法だ。日本がここまでの3試合で使った選手は、26人中22人。フィールドプレーヤーに限れば23人中21人だ。柴崎岳と町野修斗以外、全ての選手が一度はピッチに立っている。試合に出場すれば誰がどの程度やれるか、見当がつく状態にある。さらに言えば、ここまで3試合全てにフル出場したのは、GK権田修一を除けば、吉田麻也と板倉滉の2人のみだ。板倉は累積警告で次の試合には出られないので、フィールドプレーヤーのフル出場選手はこれで吉田ただひとりとなる。出場時間を多くの選手でシェアしながら、首位でグループリーグを突破することに成功した。レギュラーとサブがはっきりしていたロシア大会や東京五輪の反省が、今回はキチンと生かされている。試合内容には少々目を瞑っても、この点は特筆に値する。森保監督に拍手を送りたくなる。

 もう1試合、あるいはもう2試合戦う準備は、前回より断然、整っている。しかも、誰がスタメンなのかは対戦相手はもちろん、日本人であるこちらもわからないくらい、チームはいい感じで混ざり合っている。板倉が出場停止でも、センターバックには冨安、谷口彰悟、伊藤洋輝が控えている。守備的MFも、田中、守田英正、遠藤航の3人を均等に使い回している。さらに前線の組み合わせは、試合後ごとに違う。誰が出場しても戦力がそれほど大きく落ちることはない。まさに余力十分という状態で、次の大一番を迎えることに成功した。

 12月5日、アル・ジャヌーブ・スタジアムで行なわれる決勝トーナメント1回戦。相手のクロアチアは強豪ながら、優勝候補のブラジルやフランス、ドイツやスペインほどの力強さはない。準優勝した前回大会と、主力の顔ぶれはほぼ同じだ。グループ突破を決めたベルギー戦を見ても思ったが、4年半前よりパワーアップした感じはそれほどない。試合の内容でも相手のベルギーに劣っていた。少なくとも3回はあった決定機の1つでもルカクが決めていれば、日本の相手は前回と同じベルギーに変わっていた。クロアチアは運良く勝ち上がったというのが率直な印象になる。

 クロアチアの中心選手は言わずと知れたバロンドール受賞者(2018年)、キャプテンで世界屈指のMFルカ・モドリッチになる。だが、そんな彼もすでに37歳だ。イヴァン・ペリシッチ(33歳)、マルセロ・ブロゾビッチ(30歳)、デヤン・ロブレン(33歳)、アンドレイ・クラマリッチ(31歳)など、他の主力選手にも30歳を超えたベテランが多く目立つ。同じくベテラン中心だったベルギー同様、チームに勢いを感じない理由だ。この4年半の選手の成長度合い、そして選手層の厚さでは、日本の方が上回っているように見える。少なくともドイツ戦やスペイン戦ほど押し込まれる心配はない。コスタリカよりは数段攻撃的だが、日本がキチンと向き合うことができれば、それなりにチャンスはある。力関係は40対60。手が届かない相手では全くない。

 日本にとって、クロアチアは頃合いのいい格上。ベスト8を懸けて戦うには、まさにおあつらえ向きの相手だ。前回の準優勝チームとはいえ、今回それと同等の好成績を収める勢いは感じない。選手の使い回しも含め、風は日本の方に吹いている。日本はグループリーグで起こした大番狂わせを活かせるのか。4年半前より断然、期待したい。

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