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ト書き

この記事の中で触れたとおり、小学校のずる休みと、中学校で出会った恩師について書きたいと思います。たぶんこれが書きたくてnoteをはじめたのだろうと思うのですが、一番書きたいことはなかなか書けないものですね
2か月以上掛かってしまいました。ようやく形になりました。
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物心がついたころから人の表情ばかり気に掛ける子供だった。

それというのも初対面の人は
わたしが声を発すると
たいてい表情を変えるからだ。

「こんにちは」と挨拶しても
「可愛いおじょうちゃんやのに、言葉か不自由なん?
お母さんたいへんでしょう。頑張ってくださいね」
と、気の毒そうな顔をする。
そういわれた時の母の表情がまた気に掛かる。

自分の発した言葉を
自分の耳では聞けないというもどかしさが
幼いわたしの心を傷つけた。
次第に外では口を開かない子どもになった。

小学校に上がってから、更に辛いことがあった。
上級生に取り囲まれて、口真似されたり
笑いながら家の近くまで付いてこられたこともあった。
格好の獲物をみつけたように
上級生のからかいはエスカレートし
たまに、お腹が痛いと学校をずる休みするようになった。
その上級生グループは6年生だったので
半年ほどで辛いことはなくなった。

中学校になったときも、3校合同だったので
知らない顔が多く、夏休みまでは
好奇の目や、冷やかしがあった。
が、そのころになると
わたしもそれを回避するすべを覚え
そういう人を冷淡に見下すことで、心の平静を保っていた。

これでいいんだと自分に言い聞かていたが、
強がっても 何か違うという想いもあり、
傷だったものが積み重なり、黒くて硬いしこりになった。

中学一年生の秋のことだった
運動会も新人戦も終え
学校は静けさを取り戻していた。

窓際の前から3番目に座っていたわたしは
いつものように肩肘を付き、外の世界を見ていた。
石鎚山系の山々ががこんなにきれいに見えるのは久しぶりだ。
風が頬に心地よい
すぐ目の前にあるポプラの葉が色づきはじめていた。

授業開始のチャイムがなった。5時間目は国語の授業だ。
今日は戯曲「夕鶴」の最後の授業で
役を付けて実際に演じてみるということだった。

自分とは関係のない世界だ。目を閉じて風にあった。
「それじゃあ今日は、事前に報告していたように
実際演じてみようと思う。
だれかこの役がやりたいという者はおるか?」
先生の澄んだ声が教室に響いた
その先生は東京の大学で
アナウンサーを目指して勉強していたと自慢するだけあって
とても通る良い声をしていた
わたしは国語の授業中、いつも目を閉じてその声に聞きほれていた。

「だれもおらんのか。そしたら先生が決めるぞ」
教室は水を打ったように静かになった
わたしは変わらず、目をつぶり次の声を待った。
「<つう>は美紀(コーラス部)
それから<よひょう>は先生がする。
子供たちと村人はみんなで声を合わせてやってくれ」

数名の男子生徒が不満の声を漏らした。
「お前らにも役をやってもらわんと
給食の後じゃけんねてしまおうが。
ちょっと静かにせいよ。大事な役が残っとるんじゃけん」

1度言葉を切り、思い切ったように続けた
「最後の役はト書きじゃ。これを<のり>にやってもらう。
美紀とのりは自分の椅子をもって前へ出てきなさい」

関係ないはずの世界が自分のものとなった。
悪い冗談だと思った
体が固まった。
今なら逃げられる。
顔をあげて先生の目を見る
しかし、先生の目は穏やかだが、拒否できないほどの強さで
わたしを見つめている。
美紀ちゃんはすでに椅子を抱えて席を立っている。

「のり。劇は言葉で演じるものじゃない。
心と体で演じるもんじゃ。お前ほどの感性があれば必ずできる
夏休みの読書感想文は素晴らしかった。早く前へ出てきなさい」
わたしはその言葉に吸い込まれるように席を立った

心臓が高鳴り、足元が震え、教室が歪んで見えた。
保健室に行きたいと思ったが、その時は何故か逃げなかった
少し遅れて美紀ちゃんの横に座った。

「さあ始めるぞ。みんな集中しなさい」
先生は優しく微笑んんで私を促した。
大きく息を吸い込む。
「ちんからかん とんとんとん
ちんからかん とんとんとん・・・」
20分あまりの時が 静かにゆっくりと流れて行った

はじめは文字を追うのに精いっぱいだったが
途中から主役2人の美しい声と表現力を壊さないように
間の取り方を考えている自分がいた。

劇は終わり、わたしたち3人んは席を立って頭を下げる
教室中に拍手が響いた。

生まれて初めて味わう感覚だった。

涙がこぼれ落ちそうになるのを隠し
椅子を抱えて自分の席に戻った。
そして何もなかったかのように窓の外を見た。
空はどこまでも青く
山は揺るぎない存在感をもって
誇らしげにいつもの場所にあった。

その日から
わたしの内面は 明らかに変わっていった。
心の隅にあった黒くて硬いしこりが 
すこしずつ溶けてゆくのが分かった。

いつも外ばかり見ていたが
どの授業も教師の目を見て聞くようになった。
自分から挨拶ができるようになった。

そして何より自分の心に正直になれた
すると他人の言葉も素直に聞けた
もうだれも見下すことはない
こころのバリアが消えたのだ。

人によって傷つけられた心は
人の優しさによってしか
癒されないことを知った。


見出し絵はハウス店主様のイラストを使わせていただきました
どうもありがとうございました


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