見出し画像

【短編小説】早送り人生

彼は今日も急いでいた

先々行動するのが好きで、
せっかち…といったら良いのだろうか。

せかせかした性格の男であった。

いつも先のことを心がけるばかりで火曜日には、その週の仕事をほとんど終わらせたり、朝の間にその日食べるすべてのご飯を調理してしまい、全て先取りしてしまう。

早ければ早いほど良いと考えている男であった。


行動が早いと言うのでは、彼の良い点であった


マイペースな彼女とは違い、キビキビと行動ができるからである


だが、あまりにも急ぐせいで急がば回れ状態になることが多く、たびたび失敗することもあった

洗濯物を早く取り入れたと思いきや、彼女の靴下が残っていないことや

彼女の趣味のパン作り
やはり彼の素早い行動のおかげで、プロ顔負けの手さばきでパンを作り始める男


マイペース彼女はまったりしながら作りたかったようだったが、
彼のそんな手際の良い姿を見て感心していた

が、パン作りには生地を寝かせると言う時間のかかる工程がある

それを待ちきれなかった男は、生地を十分に寝かせることなく、パンを作り続けてしまったのである


当然成功とは言えない見た目のパンが焼き上がり。
2人は顔を見合わせがっくりと肩を落とした。


彼女は言った
「ねぇあなた。あなたのせかせかした性格は素敵だと思うわ。その分自由な時間が増えるもの」



早く動くと言うことを誉められるのが彼にとっては嬉しかった

早く早くを心がけ、そのおかげで仕事の昇格もはやく、
彼女へのアプローチをした時も、彼の急速に膨大した愛のおかげであったからである

とにかく早くがモットーとしていた男は、その発言に喜び

「そうだろ?」
ちょっと少し自慢げである

そんな彼を見て、
眉を潜め彼女は言った
「前から思っていたのだけれど、あなたの人生、なんだか早送りしてるみたいよ?」

目を丸くした男問い返した
「早送り?」

えぇとうなずく彼女
「早送り人生。
それに、今のパンもそうだけれど、急がば回れみたいなことをあなたよくあるでしょう?」


今までの急いできて失敗してきた経験が少しずつうっすらとよみがえってきて

男は少しうつむき

急がば回れ…早送り…と繰り返しつぶやいた

その後二人は、その微妙な空気の間は失敗したパンをちびちびと食べ、食事の後、お風呂入りそのまま1日を終えた

その日の男の行動もやはり急かせかとしており、全身を固形石鹸でいちどに洗い最後にシャワーでまるごと流す

次の日のために彼は会社へ着て行くスーツを着てベッド入った


それは彼の早く早くの行動のルーティーンであった


いつも通り早く目覚め、
早足で会社へと向かう

すっかり1週間分の仕事を終えた男は会社行ってもすることがほとんどなく、掃除ばかりをしてその日一日会社を過ごした


それでもなんだか心は疲弊しており、家帰って映画でも見ようか、とこれまた早足で家に帰った


テレビをつけ、映画のディスクを挿入する

彼は映画を見ることが好きであった

ここまでせかせかした性格になるまでの彼は通常の速度で見ていた

だが、早いことが取り柄の彼では、もちろん通常の速度で満足できず、倍速で映画を見ようと早送りボタンをおした


早送りでほとんど俳優の言っている事はわからなかったが、彼はそれでもそのまま映画を見続けた


通常の時間より短く映画を観終えた彼は少し疑問を抱いた。



今見た映画は一体何だったんだろうと

しっかりと画面の前にじっと居座り見ていたはずであった

だが彼の頭には全くもって内容が入ってこなかったのである


早送りボタンを見て、
彼女が前言っていた早送り人生という言葉を思い出した

もしかして…と彼は思う



早ければ早いと良いと思っていたが
この映画のように、満足感を得ることができていないのではないかと

それに何か見落としてばかりいる気がする…


急がば回れ


その言葉も彼の脳裏によぎった


早くしてうまくいった例よりも、失敗した経験の方が多いと言うこと

気がつきたくはないが、
気がついてしまった




彼の素早い行動は上手くいくものもあれば、やはり失敗してしまうものも多かった。

そして何よりもの気持ちとしての満足感がどこが不足しており、満足感と言うものがどこが欠如していたのだ





彼が早くを心がけるようになったのは3年前のことである


彼の家系は、代々みな短命であり
唯一の血族で生きていた父もついに亡くなり親族全員が他界してしまったのである。


それからと言うもの彼自身

自分の寿命を命もそんなに長くないものだと思うようになったのだ。

そう思った彼は1日に少しでも多くのことができるよう早く早くの行動を心がけるようになった


良くも悪くも、
それが今の彼を作ってしまったのだが…



急ぐ事は悪くないが
彼女の発言と倍速の映画のおかげで、本当に満足した人生が遅れているのだろうかと考えるようになった

そして彼は彼女を呼びに行って尋ねた。


「俺の人生はこのままじゃ満足できないのだろうか…」と。

そして続けて打ち明けた
急ぐ性格になった訳を。


彼女はなぜ彼がこんなせかせかとした性格なのかと言うことをこの日初めて聞いた。


自分の命が長くないかもしれない

それを聞いた彼女は目を大きく開き


「そんな理由で急いでいたのね…」と彼を哀れんだ


彼女は、そんな彼のことを支えたいと思った。
そして短い命だからこそもっと一緒にいたいと


それに、彼女はマイペースな性格と言うのもあって、短命というのが想像がつかなかった。

人生などとても長いものだと思っていたからだ。


彼の性格のおかげで、いつもと違う世界を楽しむことができていた彼女は彼と過ごす時間が好きだった。


違う性格の人間と過ごすと言うのは、どこか人間惹かれるもので、彼女は彼のことをもっと愛そうとを決めたのであった。


急げば良いと言うものじゃないと言うことを学んだ彼は彼女に言った 

「結婚…やはり先にしようか」

彼は出会ってすぐにプロポーズをしていた。それはやはり彼の性格の結果であった。


だが、彼女はさすがに早すぎると言って保留になっていた結婚

彼としては早く結婚したかった。
早く子供を持ち幸せな家庭を早く築きたいと思っていたが考えが改まった



「さっき言ったように、
俺の命は恐らく長くない。
だから、急いでプロポーズもしていたし、子供も早く欲しいといつも急かしていてすまなかった。

だが違う!気がついた

早ければそれほどそれだけ満足感と言うものは減ってしまうし、
それに大切なものを見落としてしまっていている気がするんだ。」

彼女は繰り返すように言った
「大切なもの?」と

「あぁ。それは君からの愛もどこか見逃していたような気がするんだ。

僕の早い行動のおかげで、2人で過ごす時間は長く取れていたものの、

君からの愛をじっくり味わえていないんだ。


それは結婚までの2人の過ごす時間と言うのも含めて、ということだ。


だから、結婚は…」

そう反省し、今にも泣きそうになっている彼を彼女は優しく抱きしめた


「正直、あなたのおかげで振り回されてきたわ。
でも早送りしているみたいな人生なんてひどいことを言ってしまったし、
謝らなきゃいけないのは私よ。」


そう。優しく声をかけてくれる彼女に彼はついに涙を流した。

今までの彼であれば、これは1週間分の涙だと言ってその時にまとめて1週間分の泣き腫らしたはずであった。

がこの時はそんなことしなかった。

その時だけの十分な涙を流した。



そして彼女は彼の涙を拭いながら

「私はあなたと出会ったおかげで、まったりとして周りからダラダラしているとか、遅すぎてうまくいっていない…
そう言われていたことが減ってきて、成長を感じていたの

自分で言うのもおかしな話だけれどね」



ふふと笑い彼女は続けて言った

「手際の良いあなたの料理や家事のおかげで、映画を一緒に見る時間だってとる事ができていたでしょう」


彼女と彼は同棲し初めてからよく2人で映画を見ていたのだ。
その日の家事を全て終えてから

彼女は一人暮らしをしていた時、すべての行動が遅かったせいで、
そんな娯楽の時間を取ることなどできていなかったのだ


同棲し、1日の行動スムーズにするおかげで、
彼との楽しい時間を多く過ごすことができていたことに実は感謝していたのだ


そのまま彼女は彼に伝えた。

「あなたのおかげで私は趣味を楽しむことができたし、あなたと過ごすことができる時間が多くなった。

だから、私はあなたのそのせかせかした性格は変える必要がないと思うわ。」


早ければ早いほど良いと言うわけではないと言うことに気がついた彼と、
彼の性格のおかげで2人の時間が増えていたと言うことに気がついた彼女。


2人はより一層いまの時間を大切に過ごしたいとそう願った


そう2人の気持ちが重なり合い。
2人は強く抱きしめ合った。

そして彼女は言った。
「何か今病気があるわけでは無いのよね?」

ああとうなずき続ける彼

「だが、やはり家族は短命だったし、俺自身体が強いわけでは無いからこれからの人生が長いと思えないのだ。

だからこれからも早く早くの行動ばかりしてしまうかもしれない。

それでも僕のことを愛してくれるかい?」彼の彼女の瞳をまっすぐ見つめる彼

その瞳があまりにも美しくて彼女はこの瞳をずっと見ていたいと思った。
そしてやはりこの彼が好きだと。


急がば回れで少し不器用なところもある。それでもやはりこの人が好きだと

マイペースな私には彼しかいないのだとそう思った。


彼女は顎をクイっと上げて、
今度は彼の瞳を彼女がしっかりとらえて言った


「もしかしたら長生きできるかもしれないじゃない?

命の事なんて心配するのをやめて、
今と言う時を楽しみましょう。」

彼はその言葉にうーんとうなり
「どうしたものかなあ」と少し思案したが、彼女はすぐに言った

「いつ死ぬかわからないのは、あなただけじゃなくて私だってそうなのよ。

この世にいる人みんなそう

別に今日生きれると言う保証はないのだし
いずれ死ぬのには変わりないのだから。

だからせかせかして満足のできない時間を過ごすのじゃなくて、
早送りしないで普通のスピードで、今この瞬間私たちの人生を楽しんで一緒に歩んでいきましょう」

その優しい声に彼はすっかり惚れ込んだ

「確かに自分は本当に短命だと言われたわけでもないし、
病気なわけでもないのに勝手に心配しては早送りのような人生を送っていた。

このままでは満足しない…そんなのいやだ!」


そう叫んだ彼はこの瞬間、目の前にいる彼女を突然特別なものに感じることができた。

それは彼女の姿だけじゃなく、
この世全てのものがかけがえのないものに見えて、
一つ一つの物事をもう少し丁寧に行ってみようと心がけるようになった。


「ありがとう。ありがとう」と抱きしめる彼の言葉はいつものように早口では無い
普通のスピードで心の奥深くにも響くような声であった。


その日から2人はその時と言う一瞬一瞬を大切にし始めた

彼の不器用な点や、彼女のマイペースな点が出てしまうことも度々あったが


今までとは違う2人ともが満足感のある日々、毎日その時々を過ごすことができるようになった。

その後じっくり愛を深める時間を確保した。

そして結婚した2人の人生は、どの夫婦よりも満足感のある人生であったと言えるであろう。


あとがき
私は先に行動しすぎて急がば回れ状態になることが多いので、その時の瞬間にできる大切なことをもう丁寧にやりたいと思い書きました

早くて得をすることもあるけれど、それ以上に見失っているものが多く、失敗してしまうことを防げるようになりたいと思います

最後まで読んでくださりありがとうございました

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?