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【短編小説】砂が落ち切るまでに

こんな年齢にもなって、
結局何も成し遂げないまま生きてきてしまった


家庭や妻や子供も持たず、仕事は派遣会社で転々とし…

大きな夢もなくひとり暮らし。

親は寿命で幸せそうに天国へ旅立って行き、結局気づくとは俺1人になっていた。

「…このまま生きていて、俺の命はなんのためにあるんだろうか」

そうつぶやいて。
今日も縁側に座り殺風景な庭を眺める

特に病気を抱えているわけではない

いたって健康だ。


こうやって動けているし、食べることができて…


でも度々感じる寂しさ


喋る相手もいないし
人に何かを与えられているわけでもない。

「なんだか幸せを感じることも、なくなっちまったなぁ」

いつしか抱いくようになってしまったこの暗い気持ちを払拭するために、俺は散歩に出かける。



平日のこんな時間だから、
さすがに人は少ないなぁ



昔から何も変わってない街並み


俺みたいだ…と思う。



ふと何かに目がつく


「無人販売の店…?」


最近増えているみたいだと聞いたなぁ



防犯面はどうなんだろうか?
と思いつつ、ちらっと店を覗く


売っている品物たちを見て、
疑問を抱く


無人販売と言えば、大体焼売とか蕎麦。
最近は服屋とか…そんなものだと聞いていたが



そこはどうやらアンティークショップのようなものだった

骨董品みたいなものも置いてある…

「こんな無人販売いいのか?」



そう思いつつ、俺は気になり引き込まれるように店へ入り商品を眺める。


古いツボみたいなものや懐中時計、

なんだか不気味なフランス人形…



高そうなものがたくさんあるけれど、値段はピンキリで

なんだか不思議な空間に包まれてしまったなぁ。と頭をかく



ん?


そこで俺は1つのキラキラしたものに目が惹かれた

「砂時計…」

俺は砂時計を手に取り、
顔の前を持ってくる

大きさは手のひらで包めるくらい

中に入った砂は薄いピンク色。
そして小さな宝石のようなものが入っているようで光に反射してキラキラしている


最近砂時計なんて見ることがなかったなぁ。

子供のころはよく見たんだが


最近は時計もあるし、何より携帯があれば時間まで測れるからな。


そして俺はなぜか
その砂時計を手放すことができなかった。


まるで手と砂時計がひっついてしまったかのように



何か説明はないのだろうかと値札を探し、かなり年期の入った汚れた砂時計の説明書と値札を見つける。



『こ……砂…計は、人生の…リミッ…を…してく…だけ…あ…寿命で…す…1000円』



薄く汚れて所々読めないが、寿命やタイムリミットと言う言葉がやけに目立つ説明書。


砂時計なんて必要ないし
それに寿命?


何を言っているんだ…

とこの砂時計を馬鹿にしながら…

でも何故か気になって、財布から千円札を出して支払い箱に入れて店を後にする


外に出て、もう一度砂時計を見る


前は誰が持っていたんだろうか?

一応アンティークとか中古品の店だったしな…


そういや何分測ることができるか
書いていなかったな?


説明書を開き目を凝らす…が

ただでさえ読みにくかった字が
俺が握り締めて店を出てきてしまったせいでさらにわからない字になっている


でもやはり透けて見えるのは

寿命という言葉


もしかして寿命がわかる?

そんなわけないだろ…


でも。と少し少年心を取り戻した俺はこの砂時計を「寿命の砂時計」だと信じることにした。


思い切って手首を翻してひっくり返す


するとすーっと上から下へ落ちていくピンク色の砂


細く細く落ちていく。

砂はかなりゆっくりな落ち方で。
測る時間としては果てしないように思えた。


俺はふっと笑う。
これじゃ1日以上経ってしまうんじゃないか?

そう思ってしまうほどのスピードで落ちていく砂


でもこの砂のスピードを見ると、
なんだか寿命という言葉がありありと
もう一度俺の脳裏によぎる


これがほんとに俺の寿命を表しているなら…


そしてストンとひらめく


俺はこの砂時計が落ち切るまでの命と言う1人遊びを思いついてしまった


世界が終わる…と思って


ばかな事なのかもしれないが
そう思って過ごしてみよう。


残り時間を確認する


ほとんど減ってないが
この上に残る砂が今の俺の寿命だ


何かしたい事はないか?

そうだ。


あることを思い出し、
日記帳を開く。


小さい頃からやりたかったことが思いついたまま書いて
たくさんやってみたいリストが並んでいる書き殴りした日記帳


この中からやってみたかったことを
砂が落ち切る前にやってしまおうと思った。

俺の寿命が尽きるまでの間に。


時間の制限があると考えてみると、
人間の行動力はすごく上がるようだ

なんだかワクワクしてきた


1番最初目についたしてみたいこと

小さいことではあるが
イタリア料理を作ってみたい

と言うもの


冷蔵庫を開いて中に入っている材料で
できるものは…とあさって

ネットでレシピを調べる。
ピザやアクアパッツァ…か。


有り合わせでなんとか作るピザもどき
トマトを普通のチーズだけど交互に並べてカプレーゼ風に…と

「…ふう!できたぞ!」


俺ははじめてのイタリア料理と言うものを完成させた。

フルコース…とまでは言えないが、料理をまともにしてなかったしてこなかった俺としては上出来だろう。


それほどの出来栄えに俺はなんだか少しこの目標達成していくゲームがなんだか面白く感じられて



少しずつであるが、
1つずつ俺はこのしたかったことをこなしていくことにした


砂が落ち切る前に


フルコースの朝昼兼用のご飯を食べ終え次に実行したのは、
町のボランティア活動


清掃のボランティアを募集している事は知っていたものの、
なんだかいつも手が出せなかった


人と関わることをどこが避けているところがあったからだ


でもやってみたいことリストに書いているしなんだかやりたい。


だんだんこのリストのことを実行しては斜線を引いて消していく。


その作業が俺には楽しく感じられて


早速、ボランティア活動に参加した



そこで、出会った同世代の老人達や関わることのなかった小学生たち

「あら!参加してくださったんですね」

「ねぇねぇ、かくれんぼして遊ぼうよ」


そんなふうに話しかけられることが久々で、俺はなんだか嬉しくなってしまった



「…人と関わることって、
こんなに大事だったんだな」


久々にしゃべる人々の声が俺の寂しかったと感じていた心を癒してくれて



気づくと俺の口角は上がり、
まるで普段から近所と関わっていたかのようなそんな気持ちになっていた



忘れていた砂時計を確認する


まだ3分の1も減っていない

もう一日が過ぎようとしていると言うのに


もしかしたら、
結構長い寿命なのかもしれないぞ



そう思うと、もっと俺はしたいことを見つけたり挑戦したり…もっと人と関わりたいと思うようになっていた


その日から俺は

みんなで
クリスマス会や正月のイベント餅つき大会…そんなものにも俺は次第に参加するようになっていた


そして、個人的にしたかったこととして、英語の学習や
ガーデニング。日本1周の旅行

もう歳だからと諦めていたサイクリング

なかなか減らない砂を俺は毎日確認しながらしたいことをどんどんこなしていく。


そんなワクワクした老人になっていた。



いったいこの砂時計が何の時間を
表しているのかわからないが


でも、

この砂時計が寿命かもしれない


そう思って行動するだけで、
俺はなんだってできた



したいことが湧水のように湧いてきて



すっかりやりたいことリストに書かれたものには全て斜線が引かれていた



「次は何をしようかなぁ」

そう考えて朝起きるようになっていた


今までそんなことなかったのに



久々に俺は砂時計の残り時間を確認する




思わず、目を見開く



あと2ミリ程度しか砂が残っていなかった




もしこれが寿命だったら


「いやいや、まさかそんなことないよな…」



そう思いつつ、
俺は腰を上げようとするが、
体がいつもより重いことに気がつく




と言うよりも最近感じていたのだが
体がどんどん重くなっていて


確かに、今まで挑戦してこなかった旅やスポーツで活発に動き出したから…


ついに体にガタが来たのかもしれない


そして思い浮かぶあのかすれた説明書


もしかして本当にこれは寿命を表した砂時計だったのか?


じゃあ俺の命はもう…



もう一度砂時計をもう一度眺める

容赦なく落ちていく砂


このままでは
俺は死んでしまうのか

「…いやだ!」


でも


と思いとどまる

もしこれが本当に俺の寿命だったとしても


俺は満足していた。この人生に


砂時計に出会うまでの俺は毎日を消耗するように時間を過ごしていた。


何もすることがなく、目標もなく


砂時計に出会ってからの俺は



日々を生き生きと過ごしていた

寿命かもしれないと言うのに

本当に重くなった体を俺は感じながら、
砂時計を眺める


ついにさらさらと砂が落ち切る…その瞬間


俺はぎゅっと目をつぶる

もしこれが本当に俺の死の瞬間か…



ゆっくりと目を開ける



何も変わっていない。
普段の庭がそこにはあった



でも、ガーデニングや日本旅行で手に入れたお土産のたぬきの置物、北海道でお土産で持って帰ってきた大漁旗


そして手元の手帳には、
最近近所の人たちと撮った思い出の写真の数々

 
砂時計の砂は落ちきってしまった。

でも俺は死ななかった


下に溜まった砂を見て、ふふと笑う


下に溜まった砂のように俺の身の回りには幸せと思い出がたくさん溜まっていた


そして死なず生きて今こうやってもう一度たくさんの思い出を思い出すことができている。

自分の体に感謝した。



俺はもう一度砂時計をひっくり返す



果たしてこれがどういう意味がある
砂時計だったのか




これはただ、長いだけの砂時計だったんだろうか

俺にはそう思えなかった

人生に喜びを与えてくれたから


あきらめかけていた俺の人生。


思い出と活力を与えてくれた

もう一度俺はワクワクして過ごすことができていた。


こんなもので気分と楽しさが振り回されている自分に少し笑いながら


もう一度俺はワクワクした毎日を送ることになる


不思議な砂時計だったが

俺は買って良かったと思う


俺に新たな人生を歩ませてくれたから


そしてこの砂がもう一度落ち切るまでに。

次は何をしようかな…とペンを握る



あとがき
もし、人生のタイムリミットがわかったならたくさんの目標をこなすことができそうだなぁと想い描いたお話です

いつでも死んでいいと思えるような人生を決めるように頑張りたいと思います

最後まで読んでくださりありがとうございました

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