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粒ガヤを作ってみよう!

 翻訳の仕事を始めてからずっと字幕翻訳ばかりやっていたのですが、最近になって吹替翻訳に関わる機会に恵まれました。吹き替えは翻訳学校のカリキュラムの一部として少し習ったくらいで、ひと通りの知識はあったものの、仕事として20〜30分の映像を1本まるごと訳すことなど初めてでした。最初は『何これ字幕の100倍大変なんだけど!?』と思いましたが、アニメやドラマ作品の吹き替えを何話か経験した今は、『100倍は大げさだったけど、やっぱり字幕の3倍くらいは大変な気がする……』というところに落ち着いています。

吹替翻訳の難しさ

 なぜ3倍大変なのか? それは私の経験&力不足によるところも大きいと思いますが、いくつか理由が挙げられます。

①翻訳する分量が多い
まず、大前提として、話している人全員のセリフを訳すので、同じ映像であれば、字幕に比べて単純に翻訳すべき量が多くなります。

②口(もしくは鼻)から発せられる音はすべて台本に書かなければいけない
セリフだけでなく、笑いも咳払いも息づかいも全部拾って書き込まなくてはいけないのですが、初めのうちは息の取りこぼしが多くて苦労しました。

③セリフを声に出して確認する必要がある
尺(しゃべっている長さ)やブレス(息継ぎ)が合っているかを確認するために発声してると、めちゃくちゃ体力消耗します。

④翻訳(外国語を日本語にする部分)以外の作業がけっこう多い
そもそも台本の形にして納品するので、翻訳後にひと手間かかります。梗概(あらすじ)や登場人物一覧、ト書きなども作成します。

 そして、この④の「翻訳以外の作業」に含まれるもののうち、梗概を書いたりするのはけっこう好きなのですが、吹き替え初心者の私が少し苦手意識を持っているのが粒ガヤを作ることなのです。

粒ガヤとはなんぞや?

 「粒ガヤ」とは、粒立って聞こえるガヤのこと。「ガヤ」というのは、声優やお笑い芸人が好きな方は聞いたことのある用語かもしれません。メイン以外の、周辺にいるその他大勢のガヤガヤとした声のことを言います。お笑いの場合はそこから派生して、トーク番組などでひな壇を賑やかすような人たちを指しますよね。

 字幕の場合は基本的に一度に1つのセリフしか出せないので、メインの会話がある場合、近くで別の会話が展開していたとしても翻訳しません(できません)。吹替翻訳の場合はそうはいかず、複数の話者がいれば、その全員のセリフを訳します。ガヤに関しては、その他大勢のざわざわした感じを出すだけでよければ、《ガヤ》と書いておくと声優さんがアドリブしてくださるそうなのですが、問題は粒ガヤ。

 ガヤなのにわりと声がはっきり聞こえている、しかしスクリプトには載ってないし、話している内容がしっかり分かるほどではないという、厄介なヤツです。もしくは、元の言語では声は聞こえないけど、画面上で口を開けてしゃべっているのが分かる(からセリフを与えたい)という場合もあります。

 そうすると、そのシーン(ごにょごにょ聞こえる声や口をパクパクしている人)に合った会話を創作しなければなりません。字幕の場合も創作することはなくはないのですが、『スクリプトがないor明らかに間違ってるけど、声が小さかったり雑音が入ってたりして聞き取れない』といった場合のみで、かなり稀ですし、作ると言っても前後の流れから補う程度でしかありません。そのため、セリフを“訳す”のではなく”作る”経験はなきに等しく、吹き替えの仕事で「ここのセリフ創作してください」と言われた時には、数秒の会話なのになかなか思いつかず、あれこれ考えたり調べたり四苦八苦しながら作りました。

実際に作ってみましょう!

 Twitterのタイムラインに流れてきた『キャロル』の一場面がちょうどよいガヤ感だったので、これを題材として粒ガヤを考えてみます。(本当は北欧映画で探したかったのですが、ガヤガヤしてるワンシーンを切り取った動画ってなかなか見つからないものですね。)

 1952年、ニューヨーク。クリスマスシーズンで賑わう百貨店で、おもちゃ売り場の店員として働くテレーズと、そこへ客として訪れたキャロルが出会うシーンです。自分の娘へのプレゼントを探しにきたキャロルは、テレーズが勧めた列車セットを購入します。

 キャロルが配達の伝票の記入を終えて、テレーズと会話をして去るところですが、その後ろでは、同じように店員が商品を勧め、客たちは楽しそうにプレゼントを選んでいます。前半に出てくる大柄な男性店員と親子、その後の夫婦らしき男女、キャロルの去り際に見切れる女性店員ともう1組の男女にセリフを与えてみましょう。舞台が50年代ということを考えると、あまり現代的な言葉遣いや単語は避けたほうがよいものと思われます。

 たとえば、人物が映り込んでいる箇所に合わせてセリフを考えると、こんな感じになるでしょうか。(本当はもっとちゃんと尺を合わせますし、台本を作る場合は記号を入れたり句読点の用法も異なるのですが、試案ということでお許しください。)

少女 ママ、私このお人形が欲しい!
母親 これね。見せていただけます?
男性店員 こちらの人形ですね。今お出ししますので少々お待ちください。
父親 どうだ?決まったか?
男性店員 どうぞ。
=====
男性店員 いかがですか?かわいいでしょう。人気の商品ですよ。
男性客① そうだな。どうしようか。迷うな。
女性客① 少し考えるわ。
男性客① どうもありがとう。
男性店員 ありがとうございました。
=====
女性客② ええ、それで。
女性店員 では、お届け先を。
男性客② クイーンズ通り。

 粒ガヤは頑張って作ったところで実際にはメインの会話にかき消されてかすかにしか聞こえないわけですが、きちんと状況にあった自然なセリフを創作しなくてはなりません。そのためには、日頃からさまざまな会話を学ぶべく、ドラマを見たり本を読んだりしてインプットしていくしかないのだろうなと思います。

(文責:藤野玲充

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