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マリメッコを蘇らせたキルスティの物語

『マリメッコの救世主 キルスティ・パーッカネンの物語』
(祥伝社 2021 年10 月末発売)

こちらは私にとっては評伝として二冊目の翻訳となります。

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 原書は2020 年の春にフィンランドで発売され、直後から数カ月間ノンフィクションの書店売り上げ一位を独走、注目の高さがうかがえる作品でした。

 これは! と思い、5 月のはじめに連絡先を電話番号検索サービスで見つけて、作者にいきなり電話をしたのをまだ覚えています。

「西部のポリに住んでいる日本人の翻訳者の者ですが、もし良かったらキルスティ・パーッカネンさんの評伝を日本語に翻訳させて下さい!」

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 こちらは原書の装丁と原作者、ウッラーマイヤ・パーヴィライネンさん。

女傑ご自身が、「レイディ・イン・ブラック」と称されることもあるほど 黒が大好きなので表紙もイメージぴったりと感じたフィンランド人は多かったかもしれません。

 きっとウッラーマイヤはびっくりした事でしょう。知らない番号だったのに、応答し、真面目に話を聞いてくれました。(こういうところが素直で純朴な人が多いフィンランドらしいなと感じる所以でもあります)

 評伝を執筆したウッラーマイヤ・パーヴィライネンは、二十代でフィンランドでもそれなりに発行部数が多い女性誌の編集長になり、他にもスポーツ好きが高じてスポーツ誌も創刊し、そこでも編集長を十年近く雑誌を引っ張り、さらにフィギュアスケート協会会長なども務めたりと著作の傍らどうやって時間を捻出しているのだか不思議なくらいの人です。

 本書までに十冊近く本を出していたんですが、外国語への翻訳の話は初めてだったとか。

 「翻訳? エージェントとの連絡などどうやったらいいの?」と私に聞くくらい、何も知らなかったようです。「検討するから待ってくださいね」と言ってその後は夏の間、メールでやり取りを続けました。

 無事、版権エージェントと契約し、コロナ禍とはいえキラキラ輝く夏の日差しが眩しい夏の間に私はレジュメ(本を出版社に持ち込むため、あらすじ、書影、どれくらい評判か、などを客観的にまとめた数ページの資料)を作成し、日本側のエージェントさんに託しました。

 翻訳者は自分で伝手のある出版社に持ち込む事もありますが、日本側のエージェントが「これは」と目星をつけたところ数社に検討してもらうという事の方が多いかもしれません。

 結果的に、小説からコミック、新書、ビジネス書など話題の本も多い、祥伝社さんに決まりました。

 本国フィンランドでは、マリメッコを立て直した女性経営者として、キルスティ・パーッカネンのことは、誰もが名前や外見は知っていると言ってもいいかもしれません。メディアの露出を操るのもうまい人でしたので、そうしたチャンスをマリメッコの宣伝にうまく結び付けたエピソードが本書にも描かれています。ですが、この本が多くの読者の心をつかんだのは、彼女が生まれてから、どんな子ども時代を送り、キャリアウーマンへなったきっかけは何だったのか、ということがつまびらかにされ、1960年代に女性だけの広告代理店を立ち上げ、多くの広告で人々の度肝を抜いた数々のエピソードが面白かったからでしょう。

 「マリメッコの救世主」「大金持ち」「孤独」「黒づくめの服装」といったキーワードやタブロイド紙の人目を引く見出しなどいわば表面的なことしか知られていなかったキルスティのベールに包まれた部分を、最初から現在まで作者のリズム感ある文章で読める本でした。

 先週、首都ヘルシンキの隣町、エスポー市の知人と会った時、キルスティ・パーッカネン邸があるすぐそばまでドライブしてくれ、評伝内でも詳しく書かれている自邸のそばを散歩する機会を得ました。


 下の写真は邸宅の近くにある市民にも人気の散歩コースから撮ったもの。秋の変わりやすい天気の中、ふとした晴れ間が美しい日でした。 

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 大きな窓から眺める海辺の景色は一年を通じ、晴れの日は光がきらめき、嵐の日は荒々しい自然の美をみせてくれることでしょう。

 さて、翻訳書は当然ながら書籍のため、文章で味わって頂く内容です。

もし動くご本人に興味がある方がおられれば、(フィンランド語ですが)ご本人のインタビューがフィンランド国営放送の取材動画アーカイブに掲載されています。十数年前の彼女がどんな感じかよろしければご覧ください。

 リンク先トップの動画は古いものとはいえ、ご本人の雰囲気は感じて頂けるでしょうか。

 また、DVD になっていてマリメッコの熱烈なファンの方は既にご覧になったかもしれません、『マリメッコの奇跡』と言う作品もありますね!

こちらはフィンランド語でInstagram に投稿された原書に関する投稿の一つ

https://www.instagram.com/p/CBBVsQSBWeO/

 「オーディオブックで聴いていてあと1時間残っているけれど終わってほしくない、ずっと聴いていたい!」「いつかキルスティに会ってみたい! あなたは本当にダイヤモンドのような存在 」という熱烈な感想の投稿だったり……。

https://www.instagram.com/p/COVIh3iBTTT/

 こちらは、著者も本人にインタビューしながらなので、あまり批判的な事は書けなかったのでは? というコメントも。確かに、存命の人について書くとき、まったく中立に書き上げるというのは難しいかもしれませんね。

 私もキルスティの強烈な個性や、はたまた日本でいうと高度経済成長期やバブルといった時代の違いもあるかもしれませんが、もし今だったらどうかな、とつい考えてしまった部分もありました。しかしながら、校正の時も含めて全体を見直すと、日本語にすることができてよかったなと心から思っています。

 実際の翻訳の作業は11月から7月まで他の仕事と並行しながら、編集者の沼口さんと校正者の平岡さんには数々のご指摘頂きました。最後まで貨幣価値どうするかも悩んだりし、完成に向け目次のセンスもさすが!なまとめ方をして頂きました。装丁も原書と打って変わった雰囲気、選んでいただいた帯の文句も本文から抜粋でとても気に入っています。

 手に取って下さった方からどんなご感想を頂けるか、今からドキドキです。

(文責:セルボ貴子

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