見出し画像

影のない四十日間 - 北極圏ラップランドが舞台のミステリー

 1月11日,40日間地平線の下に隠れ続けた太陽がついに昇る日,人々は丘に集まり太陽を待つ。太陽が地平線に姿を見せると、子供たちは喜んで駆け回り大人たちは手をたたいて迎える。この日太陽は27分で沈んだ。

 これは、久山葉子さんの訳で11月に創元推理文庫から刊行される『影のない四十日間』(オリヴィエ・トリュック著)の印象的な一場面です。舞台はノルウェーの思い切り北のカウトケイノです。
 シリーズの中心人物はトナカイ警官の二人組で、ノルウェー南部出身でサーミ(ラップランド)の地に赴任したばかりの若い女性警官ニーナと,年季の入ったサーミ人の男性警官クレメットです。トナカイ放牧に携わるサーミ人の多い地域で,トナカイの盗難や、所有者の異なるトナカイが混じるなどのトナカイがらみの争いを担当します。2人はカウトケイノを中心とする,ノルウェー,スウェーデン,フィンランドの国境が入り混じる地域を駆け回ります。

画像1

カウトケイノのトナカイの群れ
『北欧の小さな旅 ラップランド幻想紀行』小谷明著 東京書籍 より

 あるとき、昔からサーミに伝わる儀式用の太鼓が、博物館から盗まれます。その翌日,トナカイ所有者の男が殺され、彼の両耳は切り取られていました。ちょうどトナカイ泥棒が所有者の印のついたトナカイの耳を切り落とすように。トナカイ警官の二人も捜査にかり出されます。
小説に出てくるサーミの太鼓はこんな感じです。

画像2www.thuleia.com/shamandrum.html

 シャーマンが儀式に用いたもので、木製の枠にトナカイの革が張ってあります。太鼓の絵は太陽、動物,ボート,山,湖,人,神々などを表しています。サーミの太鼓は、単に古くから伝わるというだけでなく、17世紀ノルウェー,スウェーデン,フィンランドの統治下で、キリスト教の宣教師によるサーミ独自の信仰の激しい弾圧の証人であり,民族のアイデンティティーの象徴でもあります。

画像3

 これは『影のない四十日間』の原著から引用したスカンジナビア半島の最北部の地図です。カウトケイノ(Kautokeino)はキルナよりさらに北、ノルウェーとスウェーデンとフィンランドの国境が絡み合ったところにあります。
 
 フィンランドではトナカイは農場で飼われていますが(その悲しい理由も小説の中に出てきます)、スウェーデン、ノルウェーではいまだにトナカイの群れを連れて移動する人たちも残っています。以下の地図は、スウェーデン国内でトナカイ飼育者の各集団(親族が集まっている)に割り当てられた遊牧移動範囲を示しています。(白い線が境界です。)

画像4http://www.samer.se/4333

 トナカイ警官のシリーズはすでに第4作まであります。第2作『影はまた戻る』(仮題)はトナカイの大群が泳いで湖を渡るダイナミックな場面から始まります。ちょうどこの絵のような感じでしょうか。

画像5

 この絵は『サーミ人についての話』(ヨハン・トゥリ著 吉田欣吾訳 東海大学出版会)にある、川を泳いで渡るトナカイの群れを描いたものです。この本は1900年頃に、サーミ人自身が自分の牧畜生活を挿絵付きで記述した貴重な資料です。

画像6

 私たちにとって謎だらけだけど魅力のある北極圏。「どっぷりサーミ」のミステリーが、私の知る限りオリヴィエ・トリュック、ラーシュ・ペッテション(Lars Pettersson)によって、ここ10年で何冊か出されています。そのうちの邦訳第1号、11月に刊行される『影のない四十日間』をお楽しみに。絶対面白い!

画像7

 トップ画像はフランス語(原著)ペーパーバック版(記念に買っただけ)の表紙です。原題は Le Dernier Lapon (最後のサーミ人)ですが,いったい誰のことか探してみませんか。


(文責:服部久美子)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?