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むずかしいカタカナ

カタカナのむずかしさ

 カタカナ表記で通じそうな語句を訳すのはむずかしい、というのは翻訳者はみな思うことではないでしょうか。カタカナ表記で日本語に(ある程度)浸透してしまっている語句であれば、さほど迷うことはないかもしれませんが、微妙な語句は悩ましいものです。

 自分が訳しているスウェーデン語でも「英語のカタカナ表記にすべきか、和名にすべきか」と悩むものは多くあります。スウェーデン語がそのままカタカナ表記で日本語として使われているケースはあまりないため、そこで迷うことはほとんどありませんが、「ここであえて英語のカタカナ表記を用いるべきなのか」と迷う場面はよくあります。

植物のむずかしさ

 たとえば植物名。英語名がカタカナになったものが通用していることが多いですが、それでも英名と和名、はたまた学名のどれがよいのか、文脈にもよりますが迷います。英名も和名もどちらもあまり耳にしない場合などは、さらに困ってしまいます。文脈上、その植物が大きな意味を持つのなら、どんな名前を使ったとしても、どんな植物なのかがはっきりとわかるようにしなければいけません。さほど意味を持たないなら「何かの植物なんだな」とか「こんな感じの草/花/木なのか」と、文脈に応じてある程度わかるだけでいいかもしれません。が、この場合でも「じゃあどの名前がどの程度通用するのか」とまた最初に戻ります。

 名前によって日本語として受ける印象が変わってくる、という場合も悩ましいものです。こっちだとかわいい感じがするけど前後の語句にぴったり合わないな、こっちはちょっといかめしい感じがするけどすっとなじむぞ、声に出したときの感じはどうだろう、などなど、作品のジャンルや種類、対象年齢なども考慮して、ベストに思えるものを探ります。

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 こちらに写るタデ科ダイオウ属の植物、今なら「ルバーブ」と書いても大丈夫だろうと思いますが、「植物なのかなんなのかわからない!」という読者もいることを想定して(先日知人からそんな反応をもらいました)、註をつけた方がいいかもしれません。

 でも、20年前、30年前ならば「ルバーブ」か「食用ダイオウ」かで迷ったと思います。後者にするなら「食用ダイオウ」か「食用大黄」か。カタカナと漢字で印象が変わります。と、書きつつ、たまたま手にした90年代に翻訳出版された哲学者の評伝を開いたところ、「ルバーブ」と書かれていました。文脈からは「庭に生えているような植物だ」ということがわかります。

 65年前に翻訳出版された児童書(リンドグレーン『ラスムスくん英雄になる』)でも「ルーバーブのコンポット」として登場しています。「ルーバーブのコンポット」には「大黄という植物の一種のくきを、デザート用にあまく煮たもの。」という註がついています。「大黄という植物の一種のくき」はまったくおいしそうに思えないのに、描かれるコンポットなるものはうっとりするほどおいしそうなのが不思議でした。

外国語としての英語のむずかしさ

 また、あえて英語(やその他の言語)の語句なり文章を使っている、という場合はどう訳すのか。日常会話でも英語が使うことに抵抗がない人が多く、他言語からの借用語も非常に多いスウェーデン。そこで使われる英語は、日本語のカタカナ表記に近い場合もあれば、「あえて英語で言ってみたよ!」という場合もあります。後者の場合はそのニュアンスをどう出すのか。悩ましい。どちらかわからない場合がいちばんむずかしいのですが……。

カタカナ表記について考えた体験 その1

 こんなふうに駆け出し翻訳者としてうなりながら日々絞り出しているのですが、「英語の語句をカタカナ表記で訳す」ことについて、自分がいま取り組んでいるもの以外で考えることが続きました。
 
 ひとつはウェブである記事を読んだことをきっかけに考えたことです。先ごろ刊行された『その名を暴け――#MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い――』(ジュディ・カンター、ミーガン・トゥーイー著、新潮社)を訳された古屋美登里さんへのインタビュー記事でした。

翻訳家は、言葉でワインスタインと対峙した。#MeToo の原点を記録したノンフィクション(BuzzFeedNews)

 作品についてはもちろん、全編通じて翻訳に関する大事なことが詰まった熱い記事です。個人的には「sisterhood」という言葉を例に、カタカナ表記について話されていた部分が特に印象に残りました。

 このインタビューを読んだとき、わたしはちょうどコラム原稿に「sisterhood」を「シスターフッド」とカタカナで書いて提出したばかりでした。

 フェミニズムの文脈でよく使われる「sisterhood」。たとえば Oxford Learner’s dictionaries には「考えや目的を共有する女性たちの強い信頼関係(the close relationship of trust between women who share ideas and aims)」とあります。

 スウェーデン語では「systerskap」です。比較的新しい語が掲載されている辞書 Svensk ordbok(SO)には「女性たちの連帯、特に男女平等の闘いにおけるもの(solidaritet mellan kvinnor särsk. i kampen för jämställdhet mellan könen)」とあります。また、初出は1916年とあります。意外に古くから使われていますが、女性の参政権を求める運動の中で使われるようになった語だということもわかります(スウェーデンで女性が参政権を獲得したのは1919年です。ちなみに対となる語broderskapの初出はなんと1394年だそう!)。

 これをどう日本語にすればいいのか。「姉妹愛」「女性同士のつながり」「姉妹のような結びつき」などなど20年くらい悩んでいたものの、どうにもしっくりこないため、この語自体を使うことを躊躇していました。けれども、自分が気がつく範囲では、このところ「シスターフッド」というカタカナ表記を以前よりもよく見かけるような気がしていました。これはもうカタカナで書いてしまっていいくらい浸透してきたということかもしれない。あるいは「フェミニズム」という言葉が若い世代にとって新鮮さをもって受け入れられているのと同様、「シスターフッド」も新しい概念・言葉として受け入れられているのかもしれない。そう考えて「シスターフッド」と書きましたが、どこかしっくりこない気持ちも残っていました。

 古屋さんのインタビューを読んだとき、「あー書いてしまった!」とカタカナ表記を悔やみました(その理由については、インタビュー本編をぜひ読んでいただきたいと思います)。

 さらに、本稿を書く過程で翻訳者の先輩たちからアドバイスやコメントをたくさんもらって考えた結果、後悔の原因がはっきりしました。「場合によってはカタカナで書くことが必ずしも悪いわけではない。けれども、もう書いていい時期かもしれない、シスターフッドで通じるだろう、という理由で書いてしまった。しっくりこないならもっと考えるべきだった」という後悔でした。考えても答えが出ないということもあるけれども、やれるだけはやった、と思えるくらいに考えないと悔いが残る、というのは当たり前のことなのですが……。

 今回、「sisterhood」のように定訳がありそうな語であっても文脈によって訳語を変えてもいいのではないか、と思えたので、今後この語をどう訳すか、引き続き考えていかねばと思います。(と、またふりだしに戻るような結論です……。)

カタカナ表記について考えた体験 その2

 「シスターフッド」よりも広く一般に通用しているようなカタカナ表記であっても、それを使うことの難しさを改めて考えた出来事もありました。いち読者として翻訳書を読んでいたときのことです。

 たまたまそのとき読んでいた作品には、ところどころ現代的過ぎるのではと感じる訳語がありました。たとえば「ドラッグストア」。舞台(英語圏ではない)、時代背景や描写から考えると、その場所はおそらく「薬局」と書いた方がイメージに合いそうだ、と思ったのです。

 と、同時に、その場所は、もしかしたら昔ながらの自分がイメージしている専売薬局というよりも、薬以外の食料品や日常雑貨なども販売しているよろずや、つまり、いわゆる「ドラッグストア」に近い店なのかもしれない、とも思いました。

 さらに、もしかしたら、たとえ「自分がイメージする専売薬局」だったとしても、訳者にとってはそれは「ドラッグストア」なのかもしれない、とも考えました。「薬局」という言葉自体が、ある世代にとってはもう古いものになっているのかもしれない、と。こうなると、読む人によっては訳語は「ドラッグストア」がしっくりくる、むしろそうでなくてはならないわけです。また、どちらがしっくりくるかは、必ずしも世代に関係するわけでもないでしょう。む、む、むずかしいー!!

 特に原文にあたっているわけではなく、「ドラッグストア」とされたその場所自体を確認しているわけでもないので、あくまで言葉から受けたイメージだけですが、いろいろと考えてしまいました。

翻訳のむずかしさ(とおもしろさ)

 カタカナ表記にかぎらず、訳語の選択ひとつでイメージは変わる、しかもそのイメージは読み手によっても変わる。それはどんな言葉であっても同じこと。それを認識したうえで、どこまで考えて言葉を見つけられるのか。レベルはいろいろあっても、それをやっていくしかない。これが翻訳のむずかしさであり、おもしろさなんだろうな。

 と、大きなことを考えながら、「で、この語句どうしよう」と冒頭の問いにまたまた戻っていくのでした。

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(各種「ベリー」の名前もまぎらわしい。こちらはグーズベリー/セイヨウスグリです。)

(文責:よこのなな

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